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タイガース背番号物語【18】

若林忠志⇒山口政信⇒若林忠志⇒梶岡忠義⇒河西俊雄⇒与儀真助⇒井崎(前岡)謹也⇒藤重登⇒ブラウンスタイン⇒中井悦雄⇒石床幹雄⇒谷村智博(智啓)⇒安仁屋宗八⇒大町定夫(定生)⇒池田親興⇒野田浩司⇒藪恵市(恵壱)⇒バルデス⇒杉山直久

18番は【エースナンバー】と呼ばれています。私が【18】と言われてパッと思い浮かべるのはジャイアンツの堀内さん。若い方は『パッとせーへん陰気な監督』と思われているかもしれませんが、現役の頃はエエ投手でした。フィールディングが良くて(ジャイアンツの投手は昔からそうですね)、運動神経抜群って感じで、タイガースも手を焼いていました。

で、『タイガースの18番言うても、藪に野田に池田さん…イマイチ弱いなー』と思って本を開けば…失礼しました、若林大先輩
タイガース創設時からの大エースで、42~44年と47~49年は監督も務められています。
石床投手…タイガースが初めてドラフト指名した選手。中央では全くの無名だったため、『それ、誰?』状態だったとか。プロでは1勝をあげたのみでした。
河西俊雄…選手としての名前は知らなくても、どこかで名前を耳にしている方。そう、引退後はコーチを経てタイガースとバファローズでスカウトとして活躍されました。藤田平さんや江夏さん、バファローズでは金村などが担当された選手。バファローズは資金的に恵まれているとは言えないのに、1年で何人ものレギュラー級に育つ選手を指名することがよくありました。そこには、河西スカウトの眼力も大きく貢献していたのでしょう。

大町さん、選手名鑑の写真がいつもサングラスだった記憶があります。
池田さんは85年V時のエース。『スゴイ』ってほどでもないのですが、肝心な場面に強かった気がします。ベースカバーでスパイクされてなかったら、もしかして…惜しいですね。
藪、元気でやってるか?頑張れよ

杉山、結婚もしたんやし、頑張れよ!

☆若林忠志:528試合登板/263完投/57完封勝利/237勝/144敗/勝率.622/投球回数3557.1/998与四球/1000奪三振/防御率1.99/最高勝率(1939:.800/1944:.846)/最優秀防御率(1939:1.09/1944:1.56)/最多勝利(1944:22)/MVP(1944/1947)
☆池田親興:277試合登板/22完投/5完封勝利/53勝/69敗/30セーブ/47セーブポイント/勝率.434/投球回数970.2/570奪三振/防御率4.58
☆藪恵市:268試合登板/39完投/13完封勝利/84勝/106敗/勝率.442/投球回数1644.2/1029奪三振/防御率3.57

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タイガース背番号物語」カテゴリの記事

Comments

まいどです

池田さんが【肝心な場面に強かった】というイメージがあったのは、シーズン中にパッとせんかったのにシリーズ初戦で完封したからだったのか
http://bis.npb.or.jp/scores/nipponseries/linescore1985.html

今の池田さんって、渡辺徹とイメージがダブります(^_^)

Posted by: シルク@仕事終わり | February 02, 2006 08:58 PM

そうそう、池田は人気ありましたなあ(^^ マッチカット(死語)でね。
当時ギャルだった(^^;;;マルちゃんがファンであったと言うのも頷けます。

シルクはんの仰る通り、日本シリーズ第1戦で完封しとるんですが、シーズン中は散々でしたもんね。勝ち星こそ9勝ですが、防御率は5点台に近かった筈です。

先発しても不甲斐ないピッチングが続き、2度ほどローテから外れて中継ぎで調整させられてました。そのうちの1回であるシーズン後半、広島での試合で中継ぎで4イニングくらいをビシッと抑えて、結果それが日本シリーズでの完封につながったと記憶しております♪

Posted by: スチャラカ課長 | February 02, 2006 11:50 AM

 池田投手、確かにかっこよかったなぁ。
 あの優勝した年のファン感謝デーに出演してたんですけど(近所の大学の吹奏楽部だったんで)、間近で見たらホンマかっこよかった。
竹本孝之ってタレントがいてましたけど、あれに似てませんでしたかね。
 ちなみに似たような事情で高校時代の清原を大阪球場で間近に見ましたけど、おっきな顔してたなぁ(^_^;)。常人の倍くらい大きかった。大げさではなく…。

Posted by: ヒデ | February 02, 2006 12:54 AM

大御所がお揃いで(^_^)

同じチームに【江夏豊】【鈴木啓示】
首脳陣はたまったもんやないでしょうな
もっとも、その頃は軍隊上がりで肝の据わった方がまだおられた時代でしたが
江夏さんは野村さん、鈴木さんは西本さん、節目と言うか転換期にエエ監督に巡り合えた事も、大投手として名を残せた要因でしょうね

石床投手は確か平松さんと投げ合って緊迫した好ゲームだったのを、平松さんを見に来ていたスカウトが目ぇつけたのがキッカケだったような(あやふや)

マルちゃんが池田さんのファンやったって、初めて聞いたなー
日本シリーズ第1戦で勝ったんですよね、確か
ただ、ホーナーの餌食という悪夢も(-_-メ

Posted by: シルク | February 01, 2006 11:35 PM

不肖・ワタシ、池田投手の大ファンでした。
ハイ、顔に惹かれました(^^;;;エヘヘ

Posted by: マル | February 01, 2006 04:17 PM

中井投手の次に石床投手。
育英の鈴木を回避してまで獲ったわけですわね。

よく【あの時鈴木を獲っていれば、タイガースの歴史も変わっていた】なんて事よく言われますよね?最近になって【それ、どうかなあ?】と思うんですよね。

要は、あの時鈴木を獲ってたら、翌年タイガースは江夏に行かなかったんやないか?と思うんですよね。同じ左だし。鈴木が居て江夏が居れば、そりゃ巨人もV5くらいで終わったかもしれませんがね。翌年は補強のポイントを変えたと思う。

というか、同一チームに鈴木と江夏では両雄並び立たずでしょうかね?(^^;

逆に言えば、あの時タイガースは【来年江夏が獲れるから】という事で相思相愛の鈴木を回避したのかな?と想像したりもするんですよね。

では、何故鈴木を回避した結果が石床投手だったのか?というのは分りません。それこそ源五郎丸やないですが、原石の魅力があったんでしょうかね?近鉄が松下電器の山口高志を回避して福井を獲ったのとは、すこし事情がちゃいますかね?(^^;

Posted by: スチャラカ課長 | February 01, 2006 03:34 PM

ひかるちゃん
仕事休み?

超一流の選手に聖人君子は少ないと思う
特に投手は
何故なら、打者27人全員を三振かピッチャーフライに討ち取れば、捕手以外の誰の力を借りなくても無失点に抑えることが出来るし
最低限の常識と協調性さえあれば、あとはグランドで力を出したらそれでエエんですよ
(と、何か井川にグチ言うてる気分になってきた(^^ゞ)
タイガースの投手は守備があまり上手くなかったから、堀内さんから今に続くジャイアンツの投手の守備は羨ましいです
桑田だって人並みにやっていたらケガしなくて済んだんだし

杉山が結婚していたの、知らんかったんや
鳥ちゃんと杉山は今年上がり目を望める数少ない選手やからね
特に鳥ちゃんには赤星の次のリーダー、行く行くはチームの指導者となってもらわなアカンので、早く落ち着くのはエエことやと思う(何だかジジ臭いコメント(^_^;;;)

Posted by: シルク@昼休み | January 31, 2006 12:49 PM

ジャイの堀内さんって、エエ投手ではあったけど、人間的には嫌われてたんじゃないの?
何かの本で読んだ気がするんだけど・・。
で、杉山っちも結婚してたんだ(@_@;)
鳥ちゃんも結婚しちゃったもんね~。
野球選手ってほんと早いよね。

Posted by: ひかる | January 31, 2006 09:22 AM

課長、毎度です
中井コーチ急死、何となく覚えていたのですがあやふやでしたので記事には書きませんでした
やはりS54年でしたか
あの年はS60年の次くらいにタイガースに熱くなっていた年度でありました

前年は球団史上初の最下位
そして、オフには田淵さんと古沢さんを出して、竹之内さんや真弓さん、若菜さん、竹田さんがやってくる
それだけやない、宮崎キャンプへ向かうはずの小林繁さんにジャイアンツはトレード通告をしてタイガースへ
帽子を飛ばして力投する小林さんはスゴかった
翌日の教室は『エエなー、小林』ってなもんで

いや違う、中井コーチや(^^ゞ
そんなわけで、月刊タイガースも発売当日に買っておりましたので、ひっそりと亡くなられた中井コーチを覚えていたのであります

Posted by: シルク@仕事中 | January 30, 2006 05:30 PM

中井悦雄さんですか、不運な方です。
S38年に関大を中退して阪神入りしたんですが、この年は【研修制度】だかのルールがあって、新人は即一軍というわけにはいきませんでしたと。んで、二軍で2ケタ勝って、秋になってようやく一軍入りが認可されて。立て続けに勝ち星を挙げました。3連続完封か何かしたんでしたっけ?

前々年に関大を中退してシーズン中に巨人に入った村瀬投手のようなもんです。

んで中井投手。【これはようやった、さすが村山2世。小山の後が埋まる】と思われてた矢先に、自転車で転んで阪国電車の線路に肩をぶつけて、選手生命終わり。

その後西鉄に移籍して引退、永年野球とは関係のない生活を送っておられましたが、S54年のブレーザー監督就任時に【二軍コーチ】として迎え入れられる。

この時の中井コーチ就任て、今でもよく分らないんですがね。現役として通算で見て凄い実績を挙げているわけでもなく、まして球界を離れて10年近くなる人に突然【コーチをやれ】、と。

そこまでならまだいい、と。
コーチとなったS54年夏。中井氏はポックリお亡くなりになりました。この人の一生て、なんだったのでしょう。。。

大町や池田にも触れたかったのですが、行がかさんできましたので、今日はこの辺で。

Posted by: スチャラカ課長 | January 30, 2006 03:47 PM

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