« タイガース背番号物語【7】 | Main | タイガース背番号物語【9】 »

タイガース背番号物語【8】

山口政信⇒高山泰夫⇒山口政信⇒後藤次男⇒干場一夫⇒大崎三男⇒小山正明⇒遠井吾郎⇒福塚勝哉⇒山内一弘⇒西村公一⇒佐藤正治⇒島野育夫⇒加藤博一⇒吉竹春樹⇒田尾安志⇒久慈照嘉⇒本西厚博⇒佐々木誠⇒沖原佳典⇒片岡篤史

一桁ナンバーなのですが、移籍してきた選手がつけていたり、吉竹さんや久慈のように『何でこの選手を出すねん?』という選手がつけていたりで、もう一つ定着しない背番号です。が、印象に残る選手が多いなー

クマ(後藤)さんの現役時代は当然知りませんが、【タイガース球団創設以来初最下位時の監督】という変な記憶をしています(1978)
山内さんは小山さんとのトレードでオリオンズから移籍してくるのですが、全盛期の力はなかったようでした。タイガースではタイトルに届かなかったのは残念。かなり昔に新聞か何かで読んだのですが、『少年野球教室でオフに田舎へ来てくれた山内さんに「頑張ってトレーニングしたら必ずプロでやれるよ」と言われたのがプロを目指したキッカケです』という一流選手がかなりいるそうですね。山内さんはカープへ移ってからの晩年しか記憶にありません。
怖い顔した総合コーチの島野さん、全盛期は野村監督がプレイングマネージャーだったホークス時代。タイガースへ移ってきてからは代走と守備固めが仕事でした。昔はスマートな選手でしたけどね…
加藤博一さんが上に上がってきた時の背番号は32。江川さんからプロ入り初ホームランを打ってヒーローになった時、『加藤って誰?』と思いました。その後移籍したホエールズで、亡くなられた近藤さんと言う監督に巡り合い、【スーパーカートリオ】というネーミングをされたことで全国区となり、今や全国ネットの解説者。チャンスを逃さないのも実力と感じさせる選手でした。
吉竹さんは『次のレギュラー』と思ったらライオンズへトレード、『何でやねん?』と思いました。層の厚いライオンズでレギュラーにはなれませんでしたが、黄金時代のライオンズで5度日本シリーズに出場したことが指導者として役立っているかと思えば、ムダなトレードではなかったと思いたいですね。

☆後藤次男:949試合/3260打数/923安打/132二塁打/51本塁打/355打点/113盗塁/124四球/160三振/打率.283
☆山内一弘:2235試合(歴代15位)/7702打数(歴代17位)/2271安打(歴代15位)/448二塁打(歴代3位)/54三塁打(歴代28位)/396本塁打(歴代14位)/1286打点(歴代14位)/118盗塁/88犠飛(歴代7位タイ)/1060四球(歴代10位)/820三振/打率.295/首位打者(1957:オリオンズ.331)/本塁打王(1959:オリオンズ25/1960:オリオンズ32)/打点王(1954:オリオンズ97/1955:オリオンズ99/1960:オリオンズ103/1961:オリオンズ112)/MVP(1960:オリオンズ)/ベストナイン(1954:オリオンズ外/1955:オリオンズ外/1956:オリオンズ外/1957:オリオンズ外/1959:オリオンズ外/1960:オリオンズ外/1961:オリオンズ外/1962:オリオンズ外/1963:オリオンズ外/1968:カープ外)
☆島野育夫:1466試合/3029打数/733安打/24本塁打/211打点/251盗塁/175四球/419三振/打率.242/ゴールデングラブ(1973:ホークス外/1974:ホークス外/1975:ホークス外)
☆加藤博一:1063試合/2321打数/628安打/93二塁打/23本塁打/176打点/169盗塁/179四球/打率.271
☆吉竹春樹:1128試合/2116打数/553安打//34本塁打/189打点/68盗塁/173四球/打率.261
☆田尾安志:1683試合/5414打数/1560安打/241二塁打/149本塁打/574打点/58盗塁/467四球/644三振/打率.288/最多出塁数(1982:ドラゴンズ232)/新人王(1976:ドラゴンズ),ベストナイン(1981:ドラゴンズ外/1982:ドラゴンズ外/1983:ドラゴンズ外)

|

« タイガース背番号物語【7】 | Main | タイガース背番号物語【9】 »

タイガース背番号物語」カテゴリの記事

Comments

【クマさんのトラ情報】

そんなんあった気が・・・
大した情報やなかった気がするけど(笑
めっちゃ懐かしい

Posted by: とり | January 21, 2006 05:39 PM

>>今でもそのメロディ思い出す度にクマさんのとぼけた顔が脳裏に蘇ります(笑

実況は松島さんか西澤さんですな(^^
んで、1回表裏の攻撃が終わったら【クマさんのトラ情報】てコーナーが、おまんねん♪

Posted by: スチャラカ課長 | January 17, 2006 09:29 PM

あのですね、サンテレビのタイガースナイター・・20年以上前のテレビわかやまでは、「オレンジナイター」のタイトルで放映されてて(爆
放送開始時にものすごい気の抜けたオープニング曲がかかるんですよ。
今でもそのメロディ思い出す度にクマさんのとぼけた顔が脳裏に蘇ります(笑


Posted by: とり@仕事サボリ中 | January 17, 2006 09:04 PM

この記事も【十三(または新世界)の大衆酒場におけるオッサンの昔話状態】と化してきましたな(^_^;;;

クマさん、タイガース初の最下位監督ですからね(ジャイアンツはその3年前に経験済)
が、投手力最低とか言われながらもしばらく踏ん張って優勝もしたし

まさか暗黒時代が来るなんて思ってもみませんでした
78年は掛布さんが初めて30発100打点を記録してその地位を確固たるモノにした年です
で、オフには大トレードが2発
【小津の魔法使い】が大活躍?した年でした

Posted by: シルク | January 15, 2006 07:39 PM

とりさん、こんにちは(^^

>>後藤監督時代、ウチの親父(当然虎狂)が
>>「こいつは、ベンチでニコニコしてるだけや!」
>>といっつも怒ってました(笑

ガハハッハ(^^
んで、投手コーチが渡辺省やん。
マウンドにヒョッコヒョッコいくあたりが【おお、悔しさの微塵もないな】てな感じで。
最期がお気の毒でしたが(--

それに打撃コーチが遠井ゴロちゃん。
何教えるねん?酒の呑み方か?(^^;
あ、ゴローちゃんも昨年鬼籍だったんですね。。。

Posted by: スチャラカ課長 | January 15, 2006 05:06 PM

後藤監督時代、ウチの親父(当然虎狂)が
「こいつは、ベンチでニコニコしてるだけや!」
といっつも怒ってました(笑

吉竹春樹
ドラフト外で入団当初は背番号53
確か一度ファームで首位打者をとった記憶が
以降、順調に伸びてきたのですが、最後の壁がどうしても破れなかったのかもしれません。
星野前監督からはそのコーチ能力に疑問符をつけられ干された・・という噂がありました。
岡田監督になり一軍復帰してますが、口の悪い外野からは「壊れた信号機」扱いも
今後とも精進を重ねて欲しいものです。

Posted by: とり | January 15, 2006 04:42 PM

この記事って、資料が必要なので職場では書けないということに今頃気付いてしまった^_^;

久慈がやってきて防御率が4.37⇒2.90ですから、いかにセンターラインが重要かという証明でしょう。一昨年、タイガースは防御率が4点台に落ちたのですが、これは藤本・鳥谷どうするかで不安定だった影響が大きいのかなと思います。鳥谷がしっかり守った今年、防御率は3点代前半まで下がりましたからね。

田尾さんにどっかで打撃コーチやって欲しいなーと思っています。山内さんや太っさん、高畠さん、新井さんなどとは異なったコーチになりそうな気がするのですが。ただ、外見と違って気が強くて自分を絶対に曲げないような芯の強さがあるので、監督や球団と衝突も多いやろうけど。

Posted by: シルク | January 04, 2006 03:09 PM

加藤さんの場合【8】より【32】のほうが印象が強いですな。江川から一発を放ったのがS54年。翌S55年は見事レギュラーに定着して.314。『たいしたもんだ』と背番号を一桁にした途端に低迷(-- 野村収とのトレードで大洋に行ったわけです。その後の活躍はシルクはんの仰るとおり(^^

あらゆる選手が付けた8番ですが、私にとっては久慈ですな。飛燕の名ショート。H4年の優勝争い、更にその後何年かは勝率5割近くをマークできたのは(暗黒期のタイガースにしたら凄いと思う(^^;)、【久慈がショートに居た】からやと思うてます。

片岡よ、もう一花!

Posted by: スチャラカ課長 | January 04, 2006 09:20 AM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference タイガース背番号物語【8】:

« タイガース背番号物語【7】 | Main | タイガース背番号物語【9】 »