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タイガース背番号物語【34】【35】

【34】
山根実⇒石風呂良一⇒小沢馨⇒竹野博士⇒河津憲一⇒大越弘⇒米川清二⇒牧勝彦⇒三宅博⇒溝口憲雄⇒小笠原正一⇒池辺巌⇒田中昌宏⇒宮本四郎⇒仲田幸司⇒中ノ瀬幸泰⇒星野伸之⇒橋本武広⇒吉田篤史⇒橋本健太郎
【35】
中田金一⇒村田弘⇒辻嘉美⇒長尾旬⇒土井豊⇒福浦健次⇒交告弘利⇒ゲインズ⇒但田裕介⇒上甲秀男⇒山本重政⇒峯本達雄⇒服部浩一⇒岡島厚⇒山田勝彦⇒南牟礼豊三⇒舩木聖士⇒ポート⇒牧野塁

平田ヘッドやマリーンズの堀を輩出した長崎海星高校から初めてプロに入団して大成したのが池辺さん。60年代から70年代にオリオンズの中軸打者として活躍し、トレードでタイガースへやってきました。オリオンズでは有藤・アルトマン・ロペスの後の5・6番を任される、勝負強い外野手でした。9番のところで触れましたが、川崎球場で佐野さんが打球を追ってフェンスに激突し頭蓋骨骨折の重傷を負った時、センターのポジションから飛んできて『救急車を呼べ!』と叫んだのが池辺さんです。
今はどうされているのでしょうかね?パリーグ臭さが好きでした。もう一度表舞台に出て来れないものか

【34】は400勝投手・金田正一さんの背番号。現役ではドラゴンズ・山本昌のみですが、カープの川口さん、バファローズの村田さん、ブレーブスの星野といった左投手が活躍しました。
タイガースの34番ははマイク。85年Vイヤーに現れ、翌年からローテーションに定着。球威はあるし、もしかして江夏さんの後継者?
が…突如乱調病という持病があった。毎回奪三振完封ペース転じて突然火だるま…
6・7回あたりで『マイク(-_-メ』『猪俣(-_-メ』『藪(-_-メ』と一度も言うたことのないタイガースファンは絶対にいないと思います^_^;

そのマイクがたった一度だけ規定イニングクリアで白星先行&防御率2点台という年がありました。85年以来Vから遠ざかること7年、そろそろ優勝してーなと全世界18億人のタイガースファンの祈りが神に届き、期待が最高潮に達したのがカープ戦。新庄が山崎さんの打球を超ウルトラスライディングキャッチでアウトにし、その裏に大野さんからサヨナラ打。絶対に優勝すると思ったのですが…
この年のマイクは35試合に登板して217+1/3イニングを投げ、2完封を含む14勝12敗194奪三振で防御率も2.53と、自身最高の成績を残しました。
この年、タイガースはセリーグ最後のチーム防御率2.90という素晴らしい成績を残すのですが、その中心がマイクであったことは間違いありません。マリーンズへFA移籍するも力を発揮することなく引退し、現在は解説者兼関西ローカルタレント(みーみちゃんの情報ですm(_ _)m)として活躍しています。

星野は2000年にFAでブルーウェーブから移籍してきました。タイガースでは全盛期の力を発揮できずに引退してしまったのは残念でした。ストレート最速135キロほどの投手がプロで18年、176勝を挙げることが出来たのは?
【緩急】
100キロ出ていない?と言われる大きなスローカーブと130キロのストレートをコントロールよく操り、87年から97年まで11年連続2ケタ勝利を挙げています。スラッとしたスタイルと甘いマスクで、上に上がってきた頃は【星の王子様】などと言われていましたが、星野ももう40歳過ぎてるんですよね…
奥様は元ミス日本だったかのベッピンさん。南海ホークス時代の大阪球場では『星野、ヨメさん貸してくれー』という野次も飛んでました。
小山乃里子(タレント、関西ローカルかな?)が大ファンで、ラジオの番組の中で星野星野と叫んでいたのが懐かしい。

星野のカーブを見ていて思ったのは、並みの選手でも絶対に人に負けないものが一つあれば必ずプロで通用するということ。北海道の旭川から星野を探し当てたブレーブスのスカウトには脱帽します(パリーグの球団はマネーゲームになったら絶対に勝てないから、磨いて光るダイヤモンドを探すしかないという事もあったかもしれないですが)。
そして、それを怠ったがために暗黒時代にドップリと浸かったのがタイガース。

タイガースが暗黒時代から脱出した時、どんな選手が出てきたか
小柄で華奢で非力だけど、脚力だけは絶対に負けないレッドスターが飛んできた

☆池辺巌:1732試合/5208打数/1377安打/197二塁打/156本塁打/564打点/108盗塁/121犠打/33犠飛/250四球/75死球/674三振/打率.264/ゴールデングラブ(1972:パ:外/1976:セ:外)
☆仲田幸司:335試合登板/39完投/9完封勝利/57勝99敗4セーブ7セーブポイント/勝率.365/投球回数1335/642与四球/25与死球/1158奪三振/防御率4.06/最多奪三振(1992:セ:194)
☆星野伸之:427試合登板/129完投/29完封勝利(歴代30位)/176勝(歴代35位)140敗/2セーブ/8セーブポイント/勝率.557/投球回数2669.1/282被本塁打(歴代26位)/927与四球(歴代27位)/36与死球/2041奪三振(歴代16位)/防御率3.64/最高勝率(1989:パ:.714/1996:パ:.722)

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Comments

次長

私も何となく覚えています
スタメンの田淵さんがケガで途中交代、もう一人の捕手(片岡さん?)は代打で使用済み、田淵さんに代わって出ていた捕手に勝負どころで代打起用みたいな感じだったと思います
どうにか無難に守りきって勝ったのでは?

マイクは1000奪三振を記録しているとはいえ、ローテ投手らしい働きをしたのは実質92年のみなのですが、記憶残存度は高いですね
やっぱし、優勝争いしなきゃダメですね

みーみちゃん、主婦向け番組に出ているマイクって何やってるの?

Posted by: シルク | May 25, 2006 11:08 PM

池辺さんと言えば、佐野事件の前日だったか翌日だったか、同じく川崎球場での大洋戦。
ベンチ入り捕手を全部使い果たしてしまって(^^;、急遽マスクを被るという事態がありましたなー。
『ワシ、センター守っててピッチャーの球筋は見てるからなんとかなる』て、自ら申し出たんですよね。

マイク仲田ー。好きやったなー。
あの92年の大ブレイクは何だったんだろう?と思いますな。
あの年だけ、【34番の先輩・金田正一】が降臨して乗り移ったのではないかと思います(^^;

Posted by: スチャラカ次長 | May 25, 2006 03:26 PM

まいどです
私は、八木の打球がもう少しだけ向こうへ飛んでいたら…と
単なる1勝でなく、スワローズが活性化してしまいましたから

Posted by: シルク@仕事中 | May 23, 2006 07:42 PM

有名選手に「あなたが今まで見た中で一番速いと思ったピッチャーは?」というアンケートが行われたことがあったそうです。ほとんどの人が金田、尾崎、江夏、江川など錚々たる名前を答える中、コンニャク・梨田さんは「星野伸之」と答えたそうです。「あのカーブを見せられた後のストレートは目にも止まらなかった」と…。
92年のマイクは凄かったですねぇ。あと、湯舟に野田までいて…。もし、田村が潰れてなかったら、あの年の優勝はタイガースだったでしょうなぁ。

Posted by: ヒデ | May 23, 2006 07:22 PM

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