タイガース背番号物語【38】【39】
【38】
三輪八郎⇒大島義雄⇒三宅秀史⇒西垣一⇒石田博三⇒横地由松⇒野田征稔⇒楠橋高幸⇒米田哲也⇒豊平晋一⇒ラム⇒山川猛⇒岩田徹⇒樋口一紀⇒与田剛士⇒弓長起浩⇒林威助
【39】
亀田敏夫⇒藤沢新六⇒上沼秀人⇒山本哲也⇒辰市邦輔⇒岩間章泰⇒入江淳⇒江田昌司⇒久代義明⇒吉良修一⇒バレンタイン⇒中村之保⇒松永美隆⇒町田公雄⇒若菜嘉晴⇒ストローター⇒八木茂⇒益山性旭⇒吉田康夫⇒グリーンウェル⇒矢野輝弘
ラムが入団した81年当時、確か1軍外国人選手枠は2名。ラムは育成選手みたいな形で入団して、上の外国人選手が不調だったら1軍というパターンだったと記憶しています。が、パンチ力がなく、一軍定着とはなりませんでした。
山川さんはライオンズから移籍してきました。ライオンズでは黒田-伊東の影で出場機会に恵まれず、83年にトレードでタイガースへ。若菜捕手がスキャンダルに消えた後、木戸さんが正捕手として確立するまでの間をつなぎました。東洋大姫路高校時代に出場した72年(54回)選手権では、掛布さんが2年生だった習志野高校と対決し、満塁ホームランを打ってチームを勝利に導いています。
若菜さんは78年の大トレードで竹之内さん・真弓さん・竹田さんと共にライオンズから移籍。当時としては珍しかった、長身・筋肉質の捕手らしくない体型で注目されました。強肩・巧打は初年度から全開で、打率3割を記録し、ゴールデングラブ賞も受賞しています。
が、スキャンダルで退団し海外へ。その後はホエールズ⇒ファイターズと移籍しています。引退後は指導者として活躍し、城島(ホークス⇒マリナーズ)を育てたことで有名です。真弓さんとは柳川商業でも同級生です。
そして矢野
今さら語る必要もないかもしれませんが、もしもドラゴンズとのトレードが無かったら?
今のタイガースは無かったかも
矢野の後継者育成が望まれます
浅井、『39番下さい』と胸を張って言える選手になれよ
☆若菜嘉晴:1387試合/3878打数1037安打/117二塁打/16三塁打/54本塁打/340打点/75犠打/21犠飛/225四球/16死球/399三振/打率.267/ゴールデングラブ(1979:セ捕)
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Comments
いや、まあそれは役割が違うから>野口
しかし、矢野無くして今のタイガースは考えられないワケで
関川と久慈を放出した際に『何考えてんねん?』とフロントに言うた私は謝罪せなアカンかもしれませんな
今岡に『背番号7は100年早い』と言うたのと同様に(^^ゞ
Posted by: シルク@仕事中 | June 17, 2006 06:31 PM
>浅井、『39番下さい』と胸を張って言える選手になれよ
のぐのぐは違うのねっ(笑
トレードの時はかなり矢野様凹んだみたぃで・・・
星野さんが虎に来てくれてホントによかったわ♪
Posted by: きぃ | June 17, 2006 04:56 PM