プレイバック~1979.08.16 死闘18回 星稜vs箕島
自分の学年からはプロで大成する選手は生まれませんでした
ただし、高校野球では90年の球史を語る上で絶対に外れない出来事が2つありました
その一つがこの試合です
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死闘18回、星陵力尽きる
星稜(石川) 000 100 000 001 000 100 |3
箕島(和歌山) 000 100 000 001 000 101x|4
星稜
(一) 加藤
(左) 金戸
(遊) 北
(捕) 川井
(投) 堅田
(右) 音
二 高桑
(中) 山下
(二) 石黒
(三) 若狭
箕島
(捕) 嶋田
(左) 宮本
打 辻内
(二) 上野山
(一) 北野
(遊) 上野
(中) 森川
(右) 久保
(三) 榎本
打 石橋
三 浦野
(投) 石井
箕島が2度敗退の瀬戸際からはい上がって、延長18回、規定による引き分け寸前にサヨナラ勝ちするという劇的な試合をみせた。球史に残る大接戦といってもいいだろう。
18回、先頭の代打辻内が四球、上野山がスリーバント失敗後、北野がストレートの四球を選んだ。1死1・2塁。耳をつんざくような大歓声の中、上野は0-2後の内角球につまりながらも左前に適時打し、辻内が2塁からかえって、3時間50分にわたる熱戦に終止符が打たれた。
大技・小技を身につけた箕島が、得意のはずのバント戦法を、固い守りの星稜にことごとく封じられ、形成はまったく不利であった。延長に入った12回。1死1・2塁のピンチに星稜・石黒のバットの先に当たった難しいゴロを2塁手が取り損なった。考えられない失策から決勝点となる1点を失ったかに見えた。ところが、その裏2死を数え、敗色が濃くなった空気を嶋田が見事に吹っ飛ばす同点本塁打を左へ放った。
こうした箕島は14回、安打の森川が久保のバントで2進し、投手のけん制の逆を巧みにつく3盗。粘る星稜の度肝を抜きかねないこの盗塁。だが、鍛えられた星稜ナインには落ち着きがあった。あまりほめられたことではないが、3塁手の隠し球で、この3塁走者をアウトにした。一瞬ぼう然とする箕島のナイン。
これで生気を取り戻した星稜は16回1死後、川井が死球、堅田の2塁強襲安打で1・2塁のチャンスを得た。音の投ゴロで堅田は2封されたものの、2死1・3塁から山下が右翼線に好打、川井がかえって、また星稜がリード。こんどこそ勝負あったかにみえた。だが、まさに大熱戦。その裏2死から箕島は、森川が2-1後に左へ本塁打して3度目の同点。
試合展開は、いまだ見聞きしたことのない大試合ともいえた。箕島の大技が、大事な場面で発揮された底力は、やはり大したものと言うべきだろう。しかし、敗れたとはいえ、腕も折れよとばかりに、箕島打線を圧倒した左腕堅田の力投は、大いにたたえなくてはならない。そして堅田をもりたてたバックスの見事な攻守の援護ぶりも、絶賛に値する。
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記事は朝日新聞縮刷版より抜粋しました
高校3年生でしたが、大学進学の意思がなかったので、まったく勉強していませんでした。この日はバイト。寿司屋さんで出前と皿洗いと調理補助。出前で出たり入ったりしていて、断片的にしか覚えていません。『まだやってるで…』という感じで。延長18回、それまでは『何とか勝ち越し』『取られてたまるか』という緊迫した試合だったのが、『あー、引き分け再試合かなー』と空気が変わった気がします。その一瞬の空気の変わり目を逃さなかった箕島が上だったのでしょうか。
今でこそ、ヤンキース・松井秀喜の母校として有名な星稜高校ですが、この時点でプロ入りした選手は小松辰雄さんだけ。この試合のメンバーでは北内野手と1年生で出場していた音外野手がプロへ。北選手はほとんど出場機会のないままに去りましたが、音外野手は新日鉄名古屋を経てドラゴンズへ(立浪の年度の5位指名)。ドラゴンズとカープで外野の準レギュラーとして活躍しました。その後、ホークス⇒ブルーウェーブ・バファローズで活躍する村松、ジャイアンツ⇒ヤンキースの松井、バファローズで今年突然エースにのし上がった山本などがプロへ進んで活躍します。
今でこそ、いわゆる【野球後進地域】と言われていた北海道・東北・北陸のチームでも打撃を売り物にするチームは多いですが、この時代に優勝候補の学校に勝とうと思ったら、大エースがいるか、堅い守りでしのいで何とか勝機を見出すしかなかったんですね。
高校野球の質が変わるまでには、もう少し年月がかかります。
優勝した箕島からは決勝打の上野選手がジャイアンツに入団しましたが、活躍の場はありませんでした。バッテリーの石井毅・嶋田宗彦は地元の社会人・住友金属和歌山へ。都市対抗でも優勝し、石井投手はライオンズ、嶋田捕手はタイガースへ。石井投手は腰痛が原因で、思ったとおりの活躍が出来なかったのは残念です。和歌山県には私大がなく、社会人チームも住友金属が廃部。そんな中で、『和歌山は野球王国じゃなかったのか?』『何で高校から先がないんだ?』と心を痛めるかつてのプレーヤーが行動を起こします。
箕島高校OBが中心になって、住友金属廃部の少し前に設立された【和歌山箕島球友会】
そして、石井投手(現・木村竹志)は、通信制高校と提携して、高校をやめてしまった子供がスポーツをしながら学べるスポーツ学校【和歌山スポーツアカデミー】を設立。そして次のステップとして、来春スタートする関西独立リーグに参加する紀州レンジャーズの理事長と監督に就任されました。道は険しいと思いますが、野球に携わる同学年には頑張ってもらいたいです。
嶋田捕手はタイガースへ。木戸捕手の控えに回ることが多く、7年間で300試合の出場にとどまりました。引退後もコーチ・スタッフとしてチームを支え、現在はファームのバッテリーコーチです。
箕島は決勝で池田(徳島)を降して春夏連続優勝を記録します。春夏連続優勝は62年の作新学院から98年の横浜まで5回記録されていますが、公立高校で記録したのは箕島だけです。2年連続も、旧制中学時代には和歌山中学・第一神港商業・広島商業・海草中学・小倉中学&小倉高校が記録していますが、【高校野球】となってからはゼロ。池田高校の【夏春連続】があるのみです。
今は和歌山と言えば智弁和歌山で、箕島が63回のセンバツを最後に甲子園から消えて、もう17年経ちまが、私の高校の卒業アルバムにも【3年間の出来事】として登場する箕島高校はいつまでも忘れられない高校です。
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Comments
Hello there! This post could not be written any better! Reading through this post reminds me of my previous room mate! He always kept chatting about this. I will forward this article to him. Fairly certain he will have a good read. Many thanks for sharing!
Posted by: sboไทย | October 22, 2015 07:54 PM
今だったらケータイで簡単に試合経過をチェックできますが、われわれの時代は持参したラジオをこっそりチェックでしたよね
【空白の一日】が明けたドラフト、江川さんが指名される頃は柔道の時間、見学が決まっている同級生にラジオを隠しもってもらいました
ケータイのこの短絡さが、簡単に殺人をする世の中になったと思っています
本題からそれましたね
一つ下はエエ顔ぶれなんですよね
和田豊も入れてあげてください
涌井、頑張れよ!
Posted by: シルク | August 14, 2008 10:34 PM
やっぱり忘れられない高校野球名勝負といえば、これに尽きるでしょう。
高校2年生の夏がよみがえってきます。
野球マンガでこういう試合を、たとえば水島新司が描いたとしたら、いかにもうそっぽいんですが、
「事実は小説よりも(マンガよりも)奇なり」ですねぇ。
決勝戦は、高校の課外授業があって出校日のため、ラジオをこっそり持っていって聞いた記憶がありますよ。
Posted by: ごんふく@同級生は広沢、秋山 | August 14, 2008 09:04 PM
何年か前に、テレビでこの試合の特集がありまして、そこで知りましたが間違いなくあの時の堅田さんです。
Posted by: ヒデ | August 14, 2008 01:29 AM
0223さん
松下電器で選手生活を終えた後、マネージャーをしながら社業に就くかたわらで審判員も務めている…という事は知っているのですが、この大会の審判の【堅田】氏がどうかまでは掴んでおりません。
鈴木とか山本のようなどこにでもある名前でないので、同一人物だとは思うのですが
Posted by: シルク@夏休みだー | August 14, 2008 01:22 AM
今大会でも審判に「堅田」氏がいらっしゃいますが、この試合の星稜のエース・堅田投手ですよね?
Posted by: 0223. | August 14, 2008 12:51 AM
あ、ホンマや
一発変換で出てきたから信じ切ってたわ
訂正します
Posted by: シルク@夏休みだー | August 13, 2008 02:28 PM
細かい話ですが星「陵」ではなく星「稜」でございます。取り急ぎ。
Posted by: ぼぶ@さいたま | August 13, 2008 02:16 PM