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訃報~小林繁・ファイターズ投手コーチ死去

とんでもなく悲しい知らせが飛び込んできました

元ジャイアンツ・タイガースのエース、小林繁・ファイターズ投手コーチが急死

ジャイアンツの投手として活躍後、【空白の一日】【強い要望】でキャンプ出発直前に江川さんとのトレードでタイガースへ移籍。その年に22勝をあげて、京阪神一円に笑顔をもたらした小林繁・ファイターズ投手コーチが、17日に急性心筋梗塞のため57歳の若さで亡くなられました。

長嶋さん・王さん・真弓監督らのコメント

球団公式サイト・梨田監督らのコメント

江川さんのコメント

小林コーチは鳥取県の由良育英高校出身。ノンプロ・全大丸を経て、高度経済成長の集大成・大阪万博の翌年・71年のドラフトでジャイアンツから6位指名され、翌年オフに入団します。

主なドラフト同期は、オリオンズ=弘田外野手・倉持投手、タイガース=山本和行投手・中村勝広内野手、ジャイアンツ=庄司外野手、カープ=道原捕手・釼持外野手・永射投手・岡外野手、ライオンズ=若菜捕手、ホークス=定岡内野手・片平内野手・山本内野手、スワローズ=安田投手・水谷内野手、ホエールズ=奥江投手、フライヤーズ=宇田投手・千藤内野手、ブレーブス=渡辺投手、バファローズ=佐々木恭介内野手・梨田捕手・橘投手・羽田内野手・平野外野手(出た、得意のレギュラー一括獲得)といった選手です。
個性的で、成績以上に記憶に残る選手が多いですね。

74年、プロ初勝利を含む8勝をあげて1軍に定着。76年・77年は連続18勝でジャイアンツのエースに成長し、76年・長嶋ジャイアンツの連覇に貢献します(長嶋ジャイアンツ初優勝の胴上げ投手は小林さん)。タイガースもよくやられて、スリムな2枚目がムカつき度合いを100倍にも200倍にも増幅させました。

しかし、78年オフのいわゆる【空白の1日】で、ジャイアンツは江川投手(法大→作新学院職員)の契約を主張するも、セリーグはこれを却下。ジャイアンツがドラフトを欠席する中で、タイガース・ホークス・オリオンズ・バファローズが江川さんを指名。抽選の結果、江川さんの交渉権はタイガースに。
ドラフトの時、ちょうど体育の時間でして(当時、高校2年生)、見学する同級生にラジオを託し、『江川、阪神!』の速報を得ました。

その後、当時の金子コミッショナーの【強い要望】で、キャンプ直前に江川さんは一度タイガースに入団。そして、直後にジャイアンツの小林繁投手とのトレードでタイガースに移籍します。

移籍したタイガースで小林さんは大活躍。特にジャイアンツ戦は8戦全勝。この年、22勝をあげて最多勝と2度目の沢村賞を受賞します。

その後もタイガースのローテーション投手として活躍しますが、83年オフに『力の限界』と、31歳の若さで突然の引退を表明します。13勝14敗と負け越したとはいえ、200イニング超を投げていて、『何で力の限界?』と思いました。

引退後は解説者として活躍し、97年には梨田さん(現・ファイターズ監督)の誘いで近鉄バファローズの投手コーチに就任。梨田監督・小林さん・真弓打撃コーチ(現・タイガース監督)の【男前内閣】を形成します。
01年、優勝したものの、チーム防御率5点台の責任を取るという理由で辞任。

その後、事業の失敗などで苦労した時期もありましたが、09年よりファイターズの投手コーチに就任。指導者としての活躍が期待されていた矢先の出来事でした。

通算成績は
374試合96完投19完封勝利 139勝95敗17セーブ 投球回数2029.1 1273奪三振 防御率3.18
最多勝1回 沢村賞2回 ベストナイン2回 

小林繁さん、79年、あなたが白星をあげた翌朝、教室には笑顔があふれていました。『やったな!』『よかったな、小林』と。タイガースの背番号19はあなたの背番号です。

天国でのんびりと野球を楽しんでください。
ご冥福をお祈りします。

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Comments

>0223さん
私もこの数日で、どこかのサイトで読みました。
乱戦で投手を使い切って、藁にすがる思いで送り出したような状況だったとか。

藤田平さんが欠場する試合で下から呼ばれて活躍した掛布さん同様、【ココやっrock】というチャンスを逃さないのも、一流選手の要件でしょうね。

掛布さんに新庄(オマリーのケガで抜擢)、過去に身近な手本があるというのに、ウチの若い選手はthink

Posted by: シルク@仕事せな | January 19, 2010 at 09:28 PM

1973年、GT両チームが最終戦まで優勝を争った年が小林さんのルーキー年なんですな。
そして、G-T最終戦の1つ前の試合、後楽園の10-10引き分けの激戦で、Gの最後の投手が小林さんだったんですな。
その時の好投が認められて翌年抜擢されて…みたいな事が書いてありました。
目立つ人は最初から目立つんでしょうかねぇ、やっぱり。

Posted by: 0223. | January 19, 2010 at 08:53 PM

>川崎まりんずさん
年齢的に、【空白の一日】【強い要望】は覚えているかどうかギリギリってあたりでしょうか?
小林さんがタイガースに来られた年は、【江夏の21球】【箕島vs星稜】【箕島春夏連続V】など、野球史の中で欠かせない出来事がたくさんあった年でした。

10.19の第一試合で転がり込みながら勝ち越しホームインをもぎ取った鈴木貴久も、早くに逝ってしましました。
忘れられない劇的な場面に出てきた選手って、その場面で命を余分に燃焼してしまうんでしょうかね。

黄桜のCM、ホンマにやっていてよかったと思います。

Posted by: シルク@仕事せな | January 19, 2010 at 12:31 PM

江川とのトレード以降のほうが印象に残っています。
カッコいい!の一言でしたね。

昨年、江川さんと和解?できたのは何か運命的ですね。
江川さんのコメントと写真が、人生の不可思議さを感じさせました・・

Posted by: 川崎まりんず | January 18, 2010 at 08:04 PM

>カキステゴメン79さん
他球団には失礼な言い方ですが、他のチームに勝つのとジャイアンツに勝つのでは、重みが全然違いましたからね。
それが、一人で8つ勝って負けなしですから、狂喜しますよ。

ジャイアンツに勝つと、その後のカードが【糸の切れた凧】になってしまうのは困りものでしたが。

Posted by: シルク@仕事せな | January 18, 2010 at 03:06 PM

人生において
痛快な思いをした出来事は
いくつあったか
その数少ない痛快な思いの中で
あの昭和54年の
対読売戦8連勝は最たるものでした
ご冥福をお祈り申し上げます

Posted by: カキステゴメン79 | January 18, 2010 at 02:53 PM

>部長
タバコは心筋梗塞のみならず、全ての病に通じるものなんですが…

200イニング投げた投手が何で引退するねん?という気持ちが強かったです。これが基準やったら、タイガースの投手は井川以外は全員アウトやないですかね?

江夏さんの頃は、まだ『見ていただけ』で、理屈もあまりわかっていませんでした。そういう意味では、自分にとってNタイガース最初の大エースは小林さんかもしれません。

Posted by: シルク@仕事せな | January 18, 2010 at 02:17 PM

昨夜のNHKニュースで知りました。
【何かの間違いやろ?】っちゅう感じですなあ。

22勝をあげた昭和54年。
中3日で投げてましたもんね。今では考えられない。

心筋梗塞ですか、怖いですな。
我々もタバコは止めたほうがエエですかね。

Posted by: スチャラカ部長 | January 18, 2010 at 01:34 PM

>0223さん
梨田さんは前日に日本ハム本社で会っていたそうです
実感が湧くはずがないでしょう

八木(2試合1勝1敗⇒20試合9勝3敗)と江尻(登板なし⇒45試合2勝1敗)が復活し、糸数(登板なし⇒13試合4勝5敗)や菊地(11試合0勝⇒58試合5勝2敗)といった実績のない投手が終盤の追い込みで貢献し、2軍コーチ1年目から結果を出していたんです

残念です

Posted by: シルク | January 17, 2010 at 10:27 PM

TVニュースの音だけ聞いてPCやってたんですけど、思わず「えっ!?」って言ってしまいました。
梨田監督の「実感が湧かない」ってコメントの通りですわ。

今はこれ以上言葉がありません。ご冥福をお祈りいたします。

Posted by: 0223. | January 17, 2010 at 10:07 PM

>ごんふくさん
ジャイアンツのエースになったと思えば世紀のトレード
タイガースでもエースとして活躍
突然の引退
バファローズのコーチとして現場復帰
事業の失敗から再起
ファイターズのコーチ

波乱万丈で、細く短く人生を駆け抜けてしまいました
全盛期の投球があまり記憶にない江夏さんや村山さんよりも印象に残る、タイガースのエースです

Posted by: シルク | January 17, 2010 at 09:59 PM

まだお若いのに、亡くなられたなんて驚きで、残念です。79年のシーズンのピッチングは
鬼気迫る、という表現をしたいぐらいで、22勝し見事でした。
プロ根性というものを見せ付けられた思いでしたね。

江川氏と少し前にはCMで共演もしてたのに・・

Posted by: ごんふく | January 17, 2010 at 09:05 PM

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