プレイバック~1969.10.30 あの一瞬のプレー

故・三村敏之さんに続いて、故・土井正三さん名場面にプレイバックします。
V9ジャイアンツを支えた寡黙な名プレーヤー(バイプレーヤーと呼ぶのは失礼でしょう)、土井正三さんの名場面といえば、真っ先に挙がるのが69年の日本シリーズ第4戦。岡村捕手の頑丈なブロックのわずかな隙間に差し込まれた左足がベースタッチして、そこから一気に逆転し、シリーズの流れを掴んだシーンです。

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巨人、あと1勝で日本一
阪急に不運の判定~4回 重盗刺せず、気落ち

後楽園 29,900人
阪急 011 101 000|4
巨人 000 602 10X|9

勝:堀内2勝
敗:宮本1敗
本塁打:長池1号(高橋一) 石井晶2号(渡辺) 王1号(戸田)

阪急
(左)  正垣
(遊)  阪本
(三)  森本
(右)  長池
(中)  大熊
(一)  石井晶
(捕)  岡村浩
 二  中沢
 打  ウィンディ
 投  戸田
 打  アグリー
(投)  宮本
 打  八田
 投  大石
 打  矢野
 捕  岡田
(二)  山口 


巨人
(左)   高田
(二)   土井
(一)   王
(三)   長嶋
(遊)   黒江
(右)   国松
 中   柴田
(中)右 末次
(捕)   森
(投)   高橋一
 打   森永
 走   山下
 投   渡辺
 打   槌田
 投   城之内
 打   相羽
 投   金田
 投   堀内

4回の大波乱は阪急にとってまったく不運というほかはない。そして全体の印象としてはあと味の悪い試合になった。阪急は長池、石井晶の本塁打と阪本の長打で3点をリード。しかも宮本が巨人打線をガッチリと押さえて優位に立っていたのだが…
この回巨人は土井、王の安打で無死1・2塁。長嶋が打席に入った。これまで3本塁打。打率も5割8分3厘と最高潮の長嶋を宮本がどう抑えるか。もし長嶋を打ちとれば阪急の勝利は一歩近づく。巨人にとってもまたヤマ場である。宮本はシュートボールを内角ギリギリに決めて長嶋を追い込んだ。三球目、宮本の速球は長嶋の肩よりちょっと上をうなって通った。絶好のウエストボールだ。長嶋のバットは一瞬くるっと回った。しかし判定はボール。西本監督は鋭く主審に詰め寄った。約3分後、マウンドに戻った宮本は3つのボールを出したが、外角低目の速球で長嶋を三振に切った。宮本の右腕が勝った。

その時、王が二塁へ走った。三塁から土井も本塁へ突っ込む。二塁手に渡ったボールは捕手に返った。土井はタッチアウトか。いや、岡田主審の手は横に広がった。セーフだ。いきり立つ岡村。主審の退場命令。飛び出す選手。もめ抜いたあとガッカリと肩を落とした宮本を不運はなおも襲う。二死1・2塁で阪本が球をはじいた。森のゴロは平凡だったが、これで同点。
三回までの宮本の出来からみれば予想もつかない事態である。カーブ攻めでうるさい高田を打ちとり、ストレートだけで末次を封じ込むほどの出来ばえだったのに。

しかし巨人の強さはこれら幸運のきっかけをより深く呼び込んだところにあるのではないか。岡村が退場になって宮本の呼吸が乱れたスキを国松、末次が適時打、遊ゴロ失のあとに代打槌田と高田も初球をねらい打って引き離したあたり、やはり選手に底力がなくては出来ぬ芸当だ。
巨人は6回にも阪急守りの乱れに乗じ加点。七回金田が打たれると堀内を出し無死2・3塁の危機をかわした。そしてその裏、不振といわれる王が完璧に近いフォームで右へ打ち込んだ。勝負はこれで決まった。

朝日新聞縮刷版より抜粋しました

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いや、流れって恐ろしいいですね。流れも恐ろしいですが、文中にあるように【その流れをより深く呼び込めるかどうか】が本当の力ですね。超ウルトラファインプレーの次の回にサヨナラホームランを打って勝っても優勝できないチームとダブりましたわthink

この年から野球の試合を見るようになりました(小学校2年生)。松山商業vs三沢・延長18回引き分け再試合は覚えています。吉田義男さんや金田さんの最終年度で、『昔は吉田さんがショートを守っていたけど、藤田平さんが出てきてセカンドに回った』と、オヤジが教えてくれたのも覚えています。でも、日本シリーズは記憶にありません。

ジャイアンツはおなじみのV9メンバー(高田さんが2年目、カネやんがこの年で引退、国松さんが翌年引退)なのに対して、ブレーブスは『なんとなく見慣れない名前』も多いかと思います。そう、【ドラフト史上最強の補強】と言われ、同一ドラフトで200勝投手1名(山田久志さん)と2,000本安打打者2名(福本豊さん・加藤秀司さん)を獲得するのは、この年のシーズンオフのドラフトです。また、ジャイアンツのスタメン出場野手は全員が【ジャイアンツ一筋】で現役を終えたのに対し、ブレーブスは岡村さん・阪本さん・森本さんと3名がトレードでチームを出ています。伸びしろの無くなった高給選手は放出するという、当時のパリーグの世情もあったかもしれませんが、西本監督の勝利へのあくなき追求もあったのでしょうか。退場となった岡村捕手、追加点となるエラーをした阪本内野手は、ご存知の通りフライヤーズの種茂捕手・大橋内野手との大型トレードでフライヤーズへ移籍します(森本内野手がドラゴンズへ移籍するのは上田監督時代)。

土井さんの左足ですが、手元の新聞に掲載されている写真ではセーフか否かは判断がつきません。
これだと【セーフ】とわかるでしょうか。
ただ、岡田主審の立っている位置は最高の場所で、視線もしっかりとつま先とホームベースを捉えてているように見えます。
土井さんの葬儀で当時の監督だった川上哲治さんが、『君なくしてV9はなし得なかった』と言われました。土井さんにとってはファインプレーでも何でもない、冷静に当たり前のことをやっただけなのでしょうが、その【当たり前のことを当たり前に】という姿勢が、V9の下地になっていたのだと思います。

一般社会でもそうですが、スタープレーヤーだけでは組織は機能しません。スターを影で支える人間が必要です。しかし、影で支える人間の評価はスタープレーヤーに比べて著しく低いのも事実です。ジャイアンツがV9を成しえたのは、土井さんのような影で支える選手も評価し、チーム全体を機能させたことにあると思います。

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プレイバック~1975.9.10 騒然・広島市民球場

今年になって、子供の頃のプロ野球を代表する内野手だった土井正三さんと三村敏之さんが相次いで亡くなられました。お二人とも地味なタイプで新聞紙上に名前が出ることも少ない選手でしたが、それぞれジャイアンツ・カープにとって、選手としても指導者としても欠かせない存在でした。
そのお二人が球史に残した名場面を紹介します。まずは三村さんから。

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広島、終回の猛攻及ばず

広島 25,000人
中日 001 001 030|5
広島 020 000 002|4

勝:星野仙14勝5敗
S:鈴木孝15
敗:宮本8勝2敗
本塁打:星野仙3号(外木場)

中日
(二)   高木
(中)   ローン
(右)   マーチン
 左   井手
打左   井上
(一)   谷沢
(三)   島谷
(左)右  大島
(遊)   広瀬
打    藤波
遊    正岡
打    江藤
遊    田野倉
(捕)  新宅
(投)  星野仙
投    竹田
投    鈴木孝

広島
(二)  大下
投    三輪
打    佐野
(遊)  三村
(一)  ホプキンス
(中)  山本浩
(三)  衣笠
(右)  シェーン
(左)  水谷
(捕)  道原
投    宮本
二    木下
打    深沢
(投)  外木場
打    山本一
走捕  水沼
打    久保

この試合に負ければ優勝戦線から脱落するとあって、中日は気合十分。二回、2点を取られた星野仙も、三回以降は球速を変えて変化球とシュートをきわどいコースに投げ分けて踏ん張った。そして三回、先頭の星野仙が2-3後の内角球を左翼席にたたき込んで1点差。6回は左中間二塁打の高木を、バントとマーチンの2ゴロで返して同点。そして八回、高木の左前打と四球で無死1・2塁。代打井上の時にヒットエンドランくずれから重盗に成功。井上、谷沢の連安打で貴重な3点をあげて勝ち越した。
広島は8回のピンチに、せっかくエンドランを見破りながら、捕手水沼が落球(記録は重盗)して走者を生かした不運が痛かった。しかし土壇場の九回裏に必死の反撃を見せた。一死から代打久保が右前打、続く佐野も中前安打して1・2塁。ここで三村が左中間二塁打を放ち、星野仙をKOして1点差。二死から山本浩が中前へ安打したが、ローンの好返球に三村が本塁で刺され万事休した。

三村憤死のタッチに怒り 過熱ファン暴れる
10日夜、広島市民球場で行われた広島-中日戦の最終回、広島の攻撃で、同点走者が本塁突入のさいのタッチプレーをめぐって興奮したファン数百人がグランドになだれ込み、中日選手を取り囲んでもみ合いになり、ファン一人と中日の選手四人がなぐられけがをした。いったん騒ぎはおさまったが、試合終了後、球場前で約三千人のファンがまた騒ぎ出し、球場正面のフロントガラスを割るなどの乱暴をした。待機していた広島県警機動隊員や広島西、東署員ら計250人がファンに引き揚げるよう説得にあたり、器物損壊で一人を逮捕した。

広島県警の球場警備本部の調べでは、騒ぎの発端は九回裏、1点差につめ寄った時のこと。広島の三村が本塁へ突入、ローンからの好返球で、本塁3メートルくらい手前で刺された。このとき、新宅捕手が三村の顔のあたりへタッチ。横転した三村が乱暴だとして新宅捕手に抗議。両軍選手も本塁付近に集まり、興奮したファンがグランドになだれ込んだ。この時、ベンチへ引き揚げる一部の中日選手との間で小ぜり合いとなり、ローンがびんで右手甲をなぐられたほか、星野仙・竹田両投手と大島外野手が顔、腕などにそれぞれ軽いけがをした。

ファンはさらにこの後、球場前に止まっていた中日選手送迎用のバスを取り囲んで『中日の選手を出せ』などと叫びながら球場入り口のガラスを二枚割ったりビールびんを投げるなど騒いだ。この騒ぎで中日選手は約一時間球場内に閉じ込められたが、機動隊員に守られてやっと脱出した。

広島球場では、4月11日夜の中日-広島一回戦でもファンが審判に暴行、中日選手のバスが取り囲まれて立ち往生しており、県警は【広島市民球場警備対策会議】を発足させ、この日も機動隊約百人が警備にあたっていた。


広島球場の騒ぎは、群集心理の恐ろしさをみせつけた。中日選手を襲ったのは数十人程度。なかにはバットを振り回したり、イスを投げつけたり。たまりかねた広島のホプキンス、山本一選手らが一塁側からかけつけて必死にとめに入った。

騒ぎの発端となった新宅捕手は『顔にタッチしようとしたのではない。はずみでああなってしまった』とぶ然とした顔つき。一方の三村は『完全にアウトのタイミングだったのに、わざわざ間を置いて顔面を狙ったと思ったので怒った』という。

朝日新聞縮刷版より抜粋しました

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手元のコピーに問題のシーンの写真が出ています。【どついてる】というようにしか見えないのですが、どうなんでしょうね。三村さんは温厚な紳士的プレーヤーという印象が強いのですが、言うべきことは言う芯の強さが、選手としてカープを支え、指導者としても金本ら多くの選手を育てたのでしょう。

この時点(10日の試合終了時点)で、首位はタイガース、ゲーム差無しの2位がカープ、2ゲーム離れてドラゴンズという、セリーグの優勝争いです。タイガースは江夏さんがリリーフで7連投してジャイアンツを降し6連勝で首位に躍り出ました。江夏さんのタイガース最終年度なのです。この時代は【勝負】となればエースがリリーフで出てくる時代、この時点で5セーブ目(シーズン成績は49試合208+1/3イニング、12勝12敗6セーブ132奪三振)です。前年から血行障害の影響が出てきたのか、成績が急降下しています。

勝利投手となった星野さんは3本目の本塁打ですが、星野さんってそんなに打撃が得意だったとは知りませんでした。堀内さんと平松さんはよく打っていた印象があるのですが。

カープ悲願の初優勝まで、あと1ヶ月前。

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おつかれさま、ジャイアンツ・木村拓也内野手

日本シリーズはジャイアンツがファイターズを降して日本一の座につきました。ジャイアンツの選手、関係者、ファンの皆さん、おめでとうございます。タイガースとは歴然とした力の差がありましたね。特に、野手の層の厚みの部分で。スタメンを外れてベンチにいる選手でもう1チーム作って暗黒時代のタイガースと試合やったら、もしかしてタイガースは負けるんやないか?という位に。移籍選手・生え抜きレギュラー・叩き上げの若手、様々なポジションの選手が上手く連携したすばらしいチームだと思います。
タイガースも、右の好打者・城島を加えた来年は雪辱したいものです。

その、日本シリーズ優勝決定後、キムタクこと木村拓也内野手の今シーズン限りでの引退と来シーズンからの内野守備コーチ就任が発表されました。

ドラフト外入団制度最後の年1990年、木村選手は宮崎南高校から捕手としてドラフト外でファイターズに入団します。手元の選手名鑑には【超進学校・宮崎南でも成績は上位、インサイドワークは抜群だ】と記されています。
ちなみに宮崎南高校、平成20年は東大・京大以外のほとんどの主だった大学に卒業生を送り込む超進学高校であります。

入団後の歩みは、1,000本安打を記録した際の記事に記載していますので、省略します。

今シーズンは、キムタクの名がプロ野球史に残る出来事がありました。
9月5日のスワローズ戦です。
阿部(この日はファーストスタメン)、鶴岡がすでにベンチに下がり、3人目の捕手だった加藤は投球が頭部直撃で退場。捕手がいなくなったピンチに、『昔取った杵柄』でキムタクが急造捕手として出場し、1イニングを無失点に抑えました。守ったことの無いポジションは投手だけなので、オープン戦で行われる引退試合はマウンドに立ってもらうのもエエかなと思ったりします。

ジャイアンツには、【移籍してきた中堅・ベテラン選手がチームの空気に馴染めず、力を出せないまま1~2年で去っていく】という、あまり好ましくないイメージがありましたが、明るいキムタクの活躍で、そんなイメージも消えたと思います。実際、ペナントレース終盤戦での古城、クライマックスシリーズ&日本シリーズでの大道と、移籍選手がここぞという場面で活躍しました。

通算成績は
1523試合 4000打数 1049安打 53本塁打 280打点 103盗塁 152犠打/打率 .262

選手でダメでもカベ(ブルペン捕手)で使えるやろ…という、さほど期待されない評価で入団し、
まがりなりにもタイトルホルダー、金銭はアカンので、誰か適当に…と帳尻合わせの相手方のような立場で移籍し、
年俸に見合う貢献が出来なくなってきたし、もう上がり目もないやろ…と放出され、
その度に、期待以上の働きをして、新チームで自分のポジションを築いてきたと思います。

九州の無名高校からテストで入団も1軍ではほとんど出番なし⇒移籍先で挟殺プレーの実験台で監督の目に留まり1軍抜擢⇒噂の投手からホームランを打って名を上げレギュラー獲得⇒力が落ちて移籍した先でよき監督にめぐり合い全国区になり17年目でオールスター出場⇒引退後は東京キー局の解説者。
亡くなられた加藤博一さんを思い出します。


育成に力を注ぐジャイアンツにとって、キムタクのような雑草的叩き上げ選手はうってつけの指導者だと思います。『力の無い選手はどうやったらプロでやれるか』を、若い選手に教え込んで、よい選手を育ててください。お約束ですが、タイガース戦で通用しない選手だったらなおよろしいcoldsweats01

おつかれさま、キムタクscissors

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訃報・三村敏之さん死去

長嶋・野村・正田の記事を書こうと思ったのは【虫の知らせ】?
アップロードし終えて、スポニチのサイトを見たら、飛び込んできた訃報…

カープ黄金時代を準備し、75年の初優勝時のショートストップとして活躍、引退後はコーチ・監督を務め、現在はイーグルスの編成部長をされている三村敏之さんが3日午前、仙台市内の病院で亡くなられました。61歳でした。

三村さんは地元・広島商業の出身(亜大⇒タイガースの山本和行さんが1学年下)。48回選手権(中京商業が松山商業を降して春夏連続優勝)に出場しました(緒戦で桐生高校に1-3で敗退)。
その年の第1次ドラフト(この年は2回実施)でカープから2位指名を受けて入団します。
主なドラフト同期はタイガース=江夏さん、サンケイアトムズ=武上さん・加藤俊夫さん・浅野さん、東京オリオンズ=得津さん・八木沢さん、大洋ホエールズ=平松さん・山下律夫さん、阪急ブレーブス=阪本さん、東映フライヤーズ=大下さん・高橋善正さん、南海ホークス=桜井さん…といった顔ぶれです。

初年度から48試合に出場し、4年目の70年に規定打席をクリア。72年には.308でベストテン2位の好成績を残し、ベストナインにも選出されます(小さな安打製造機・若松さんが初の首位打者)。
カープが悲願の初優勝を遂げた75年は、フライヤーズから移籍してきた大下剛さんと二遊間を組み優勝に貢献し、2度目のベストナインにも選出されます。

83年まで現役を続けて引退。その後は、コーチ、監督(94年~98年)としてチームを支えました。退団後は解説者を務め、04・05年は山本浩二監督の下でヘッドコーチ。退団後、07年からイーグルスの編成部長職に就いておられました。

通算成績は
1567試合 4890打数 1245安打 183二塁打 149本塁打 490打点 49盗塁 123犠打 738三振/打率.255
ベストナイン3回受賞

同じ時期にジャイアンツの二遊間を守った土井さんも、つい先日お亡くなりになられて
子供のころのスター選手の鬼籍入りが相次ぎます
三村さんは【スター】というイメージではなかったけど、野球頭脳明晰な、カープの土台のような方でした

三村さんの急逝を惜しむ声
今日の日本シリーズの解説は山本浩二さんと江川さん
放送中に三村さんの訃報にもふれていました
三村さんは浩二さんより2つ下なんですね
もう1回くらい現場に出てもいいような若さなのに…残念です

カープ50年選手列伝 三村敏之
(選手)
(監督)
 
天国でのんびりと野球を楽しんで下さい
ご冥福をお祈りいたします

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あの時君は若かった

ドラフトも終わり、日本シリーズ…え、逆ですよね?
ま、そんなことはどうでもいいです
しかし、ファイターズが札幌に戻ったら雪が積もっていたりして

こんなサイトを見つけました

のめり込むと、3時間くらいアッサリと過ぎるので、注意してくださいねhappy01

で、みなさん若くてcoldsweats01

まだ全部目を通したわけではないのですが(すでに3時間ほど経過して、現在AM3時ですが、終わる気配なし)
一部をご紹介します

一番笑えたのはこの写真でしょうかeye、今のところ…気ぃ抜けるで、ホンマにhappy01

田淵さんって、スマートだったんですよね

ノムさんも若かったlovely

原さんが今とあまり変わらないような気がするのは、【永遠の若大将】って事なんですかね?

吉井なんて、誰だかわからんthink

同じく清原も

今シーズン限りで引退する立浪の入団時

真弓さんも若かった

達川さん…誰かわからんってeye

定岡さん…悲劇のヒーロー転じてコメディアンになるとは

もう一度原監督

【逆転のPL】・西田さん&木戸さん…若っ

『一部を…』といいつつ、ずいぶん多くなってしまいましたhappy01
残りは、サイトでご覧になって下さい
アッと言う間に時間が過ぎますので、注意して下さいねscissors

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おつかれさま、イーグルス・野村監督

パリーグのクライマックスシリーズ第2ステージは、ファイターズがイーグルスを退け、日本シリーズ進出が決定しました。
そして、野村監督のイーグルスでの監督の仕事も、この日をもって最後となりました。

試合終了後、両チームによる野村監督の胴上げが行われました。

81年に西本監督が近鉄バファローズの監督を勇退する際、最終戦がかつて監督を務めた阪急ブレーブスとの試合で、試合終了後に両チームの選手から胴上げされたという事がありました。それ以来でしょうか、両軍選手による胴上げは?

ファイターズの投手コーチの吉井はスワローズ監督時代の選手。
3番打者の稲葉は、東京六大学のカツノリ(明大)の試合を応援に行くと、いつも目に止まる法大の選手がいて、『下のほうで指名できるようだったら取っておいてくれ』と指名してスワローズに入団したそうです。

試合後のインタビューで野村監督は『縁を持っている人がここまで頑張っているのは喜ばしい。人間、何を残すかで評価が決まる。人を残すのが一番。少しぐらいは野球界に貢献できたかな』と言ってました。
いえいえ野村監督、タイガースにも、ノムさんがいなかったら今頃野球をやっていないかもしれない選手が何人かいます。
(指揮を執ったチームで唯一Aクラスにすら入れなかったけどthink
黄金時代を築いたスワローズのレギュラー選手も、アマチュア時代からプロ注目の的だったという選手はほとんどいません。
プロにやってくるからには、何かしらの長所がある。それを最大限に生かせるように選手を指導すると同時に、技量で劣るなら頭で補うという事を選手に教え、多くの選手を育ててきたと思います。

野村監督、おつかれさまでした。


☆ともすれば自軍の日本シリーズ進出決定が霞みそうな状況であるにもかかわらず、野村監督引退セレモニーを快く演出してくれたファイターズの選手、スタンドのファイターズファンには頭が下がるなー…と、映像を見ていて感じました。

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どこへ行く、最後の勇者・高木晃次

【阪神タイガースは、今岡誠選手(35)に対して、来季の契約を結ばないことを伝えましたのでお知らせします】というニュースがようやく正式に出たのは昨日のこと。
今岡は現役続行を希望し、どこからも声がかからなければトライアウトを受けてでも現役続行を最後まで諦めないとのインタビュー記事が出ていました。

しかし、多くの選手は球団サイトのニュース欄に【球団は、下記○選手に対し来季の契約を結ばない旨を通告しましたのでお知らせいたします】という記事が出てくるだけです。
ほとんど1軍に上がったことのない選手を応援するファンは、この時期になると『今年はファームでも10試合しか出てへんし…』と毎日のように球団公式サイトをのぞき、『よかった、名前出てへん』『フェニックスリーグ参加選手名簿に載ってる!少なくとも他のチームででも姿を見ることが出来るわ』と心配したり安心したりするものです。

昨日までに球団公式サイト等で戦力外通告・引退を確認した選手は下記の通りです。

ジャイアンツ:歌藤達夫
ドラゴンズ:引退表明=立浪和義・井上一樹
スワローズ:丸山貴史(トライアウトで移籍希望)・斉藤宜之(現役続行希望)・牧谷宇佐美・城石憲之(引退)・花田真人(引退)・木田優夫(現役続行希望)
タイガース:今岡誠(現役続行希望)・秀太(求人情報誌とにらめっこ(^_^;;;)・木興拓哉選手・辻本賢人選手・中村泰広(引退)・藤原通(チームスタッフ?)・前田忠節
カープ:牧野塁・尾形佳紀・比嘉寿光・吉田圭、引退表明=緒方孝市
ベイスターズ:工藤公康(現役続行希望)・仁志敏久(現役続行希望)・山北茂利・三橋直樹・岡本直也・横山道哉・呉本成徳・斉藤秀光 (現役続行希望)

ファイターズ:金子洋平・星野八千穂・津田大樹、引退表明=伊藤剛・小田智之
ゴールデンイーグルス:礒部公一(現役続行希望)・愛敬尚史・吉崎勝・山崎隆広
ホークス:篠原貴行・本間満(現役続行希望)・的場直樹(現役続行希望)
ライオンズ:岡本慎也(現役続行希望)・正津英志(引退)・三井浩二(現役続行希望)・山本歩・ワズディン・ボカチカ・三浦貴、引退表明=江藤智・清水崇行
マリーンズ:神田義英・手嶌智・高木晃次(現役続行希望)・江口亮輔・ベニー・ランビン・バーナムJr、引退表明=小宮山悟
バファローズ:川越英隆(現役続行希望)・山口和男・宮本大輔(現役続行希望)・梅村学人・木元邦之(現役続行希望)・古木克明(現役続行希望)・高波文一

立浪や井上、緒方のように、他チームのファンも目頭を熱くするような幸せな引退が出来る選手はほんの一握り、多くの選手は悔いを残したままに戦力外通告…いわゆる【クビ】を言い渡されます。
その中には、『まだやれる、どこからも声がかからなかったらトライアウトを受けてでも現役を続ける』という意思を持った選手もいます。

マリーンズで23年目のシーズンを終えた高木投手にも、戦力外通告が言い渡されました。球団は球団職員への転進を勧めたそうですが、高木投手は現役続行を希望しているそうです。
高木投手が千葉県の横芝敬愛高校(第1回WBCでクローザーを務めた大塚もOBです)からプロのユニフォームに袖を通したのは1987年。カープを引退した緒方選手とは、高卒同期です。
4年目の90年にはロングリリーフでプロ初勝利を挙げたのを機に6勝を挙げます。
が、球威を生かしたい…と選手名鑑に毎年のように掲載されるように、コントロールがもう一つだったのか伸び悩み、92・93年は1軍公式戦登板ゼロ。

94年には馬場内野手とのトレードでホークスへ移籍しますが、公式戦登板は5試合のみで97年オフに自由契約となり、翌年ははスワローズへ移籍します。99年には27試合に登板、145イニングを投げて9勝8敗で防御率ベストテン8位の成績。奪三振73(1試合あたり4.53)・四死球39(1試合あたり2.4)という数字は、球威よりも制球を重視して打たせて取る投球スタイルをとっていたと思われます(あまり印象にのこってません、暗黒時代真っ只中で、5月でシーズンは終わっていましたからthink

しかし、翌年から成績が急降下して01年オフに自由契約となり、02年にはマリーンズへ移籍。
【やや敗戦処理に近い中継ぎ】が役目ですが、同じ役割の小宮山と二人が好投している間に味方打線が徐々に追い上げて勝利に結びつくことも何度かありました。

注:【敗戦処理】というと聞こえは悪いですが、敗戦処理をキッチリ出来ないと、こんな事が起こります。

今シーズンは思うような投球が出来ず、シーズンの多くをファームで過ごすことになった高木投手。
希望通りに3度目の自由契約移籍は出来るのでしょうか?

高木投手の年度別成績

昭和の時代からパリーグの試合を見ている関西の野球ファンにとって、高木投手には特別な思い入れもあります。
ファイターズでコーチ兼任捕手として在籍する中嶋捕手と同様、高木投手は【阪急ブレーブス】を背負ってプレーした最後の現役選手です。
高木投手が入団した年のオフに、阪急ブレーブスはオリックスに球団を売却し、その歴史に幕を下ろしました。
中嶋は『大野が一人前になったら引退する』と言っているそうです。

引退はいつか必ずやってきますが、高木投手自身が『スカッとした』と思える日が来ることを祈ってます。

頑張れ、“最後の勇者”

追記:トライアウト挑戦も実らず、11月30日に引退を表明しました。残した成績は並の投手の成績ですが、長い間がんばっていたと思います。最後のマリーンズで優勝できたのも、よき思い出ではないでしょうか。今後はスコアラーとして球団に残り、裏方としてチームを支えていくそうです。

引退の挨拶(球団サイトより)
『いろいろな選手がケガに泣かされ、この世界をやめていく中で自分は41歳まで野球が出来たことは本当に幸せでした』というコメントが印象的です。
小宮山と二人で勝っても目立たぬ黒子に徹し、ゲームをぶっ壊さない事に務めた晩年の経験は、チームスタッフとしての今後に生かされると思います。

第二の人生も頑張って下さい。
おつかれさま、高木投手!

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おつかれさま、ライオンズ・江藤智内野手

高卒で入団して叩き上げで主力打者の地位を掴み、長く活躍した選手の引退ニュースが多いですね
カープ・ジャイアンツ・ライオンズの3球団で長距離打者として活躍し、本塁打王2回、打点王1回、ベストナイン7度選出のスラッガー、江藤選手が引退することが発表されました。

江藤引退 通算364本塁打キング2度…西武

江藤選手は88年のドラフトで東京都の関東高(現・聖徳学園高)からドラフト5位指名を受けてカープに入団しました。カープの1位指名は野村謙二郎で、カープは不動のレギュラーを1年で2人手に入れることに成功します。
他の主な指名入団選手は、タイガース=中込・渡辺伸彦、オリオンズ=前田幸長・初芝・平井、スワローズ=川崎・苫篠弟、ホエールズ=谷繁・井上、ブルーウェーブ=酒井勉・小川、ファイターズ=中島、ジャイアンツ=吉田修司、バファローズ=中根・赤堀、ドラゴンズ=今中・大豊・酒井忠晴・清水、ライオンズ=渡辺智・石井丈・垣内 といった選手です。

関東を代表する高校生捕手としての評判で入団した江藤選手ですが、当時はまだ達川さんが元気だった頃。1年目にファームで8本塁打した長打力を生かすため、内野手に転向します。2年目の90年には38試合に出場して5本塁打、3年目には11本塁打を記録します(この年から13年連続2ケタ本塁打)。

5年目の93年に34本塁打でホームラン王、95年には39本塁打106打点で二冠王となります。
その後もカープの主力打者として活躍し、99年オフにFA宣言してジャイアンツへ移籍します。
ジャイアンツでも移籍後2年連続30本塁打を記録し、ジャイアンツの優勝に貢献します。しかし、3年目から18⇒17⇒4⇒0と本塁打数が激減。03年には規定打席に到達せず、この頃から代打出場が増えます。

05年オフ、FA宣言してジャイアンツに移籍した豊田投手の人的補償でライオンズへ移籍。代打が主な役割ながら、350本塁打・1,500本安打という節目の記録を達成します。また、実績あるベテランでありながらアーリーワークと呼ばれる早出練習にも積極的に参加し、成長途上の若手選手にも積極的に声をかけて指導することもあったと聞きます。

チームがCS出場権に最後の望みをかけて戦う最中、迷惑をかけたくないという思いからか引退の意思表示は本拠地最終戦終了後。セレモニーも開かれることなく静かにバットを置くことになりました。
今後の予定は未定ですが、指導者として声をかけそうなチームがあるとも聞きます。打撃技術はもちろんですが、渡辺監督やチームメイトが【野手の精神的な柱】と評価した人間性も伝えられるような指導者になってもらいたいと望みます。

江藤選手の通算成績

09年10月2日現在、1,834試合(歴代59位)・1,559安打(歴代89位)・364本塁打(歴代22位)・1,020打点(歴代33位)の記録を残し、在籍した3球団すべてで優勝に貢献したスラッガーが静かに引退する事になりました。

おつかれさま、江藤!

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おつかれさま、カープ・緒方孝市外野手(追記しました)

カープ一筋23年、盗塁王を3度獲得するなど3拍子揃った外野手として活躍した緒方外野手が、今シーズン限りでの引退を発表しました。


コイ一筋、駆け抜けた 緒方引退

佐賀県・鳥栖高校出身の緒方選手は86年のドラフトでカープの3位指名を受けて入団し、87年よりカープの一員となります。亨栄高校の近藤(ドラゴンズ入団)に5球団、亜大の阿波野(バファローズ入団)に3球団の指名が競合した年でした。他の主な指名入団選手は、土橋・内藤・飯田(スワローズ)、山崎武(ドラゴンズ)、西崎(ファイターズ)、友利(=デニー、ホエールズ)、猪股・島尾・八木(タイガース)、高木・中嶋・藤井康(ブレーブス)、木田・勝呂・緒方耕一(ジャイアンツ)、真喜志(バファローズ)、森山(ライオンズ)といった選手です。
ジャイアンツにも【九州出身で俊足の“オガタコウイチ”という高校生外野手】が入団しています。また、ブレーブスの高木投手(現・マリーンズ)と中嶋捕手(現・ファイターズ)は、今も現役で活躍する【最後の勇者】ですが、高木投手は戦力外通告。どうするのでしょうか?
スワローズが黄金時代形成に絶対欠かせない選手をまとめて獲得したのも印象的です。

この頃のカープは、毎年のように九州出身選手が1軍選手として結果を残しています。指名選手を見ていきますと、85年=高、86年=緒方、87年=石貫、88年=野村、89年=前田…といった感じです。

『高橋慶彦さんに憧れて入団した』という緒方選手、2年目の88年に一軍初出場・初安打。91年に102試合に出場して、一軍に定着します。95年には47盗塁で初の盗塁王タイトルを獲得します。
実はこの95年、規定打席ははるか彼方の335打席で、この数字。7打席強で1盗塁している素晴らしい数字です(83年の松本選手は568打席で76盗塁、セリーグシーズン最多盗塁と、割合としては大差なし。ちなみに72年の福本さんは5打席で1回盗塁しています。)。
95年から3年続けて盗塁王のタイトルを取る緒方選手ですが、98年に足首のケガで思うように走れなくなると、打球の飛距離を伸ばす努力を重ね、99年には36本塁打。その後、シーズン20本塁打超を4度記録します。

緒方選手の通算成績

近年は代打での出場が多く、打率もこの3年は1割台。今シーズンは腰痛に苦しみ9月中旬以降、出場登録を抹消されていました。
球団は、衣笠さんと並ぶ在籍23年の功績を称え、10日のジャイアンツ戦終了後にセレモニーを行う予定です。
(ジャイアンツの皆さん、やりにくいでしょうが空気は読まなくて結構です)
引退後は未定との事ですが、球団はファームのコーチ就任を打診するとのニュースも出ています。

速球で三振の山を積み重ねて一時代を築いた投手が、年齢と共にストレートの球速が落ちて技巧派に転向するケースはよくあります。緒方選手の場合は、ケガをキッカケに【足】から【長打力】への転向にチャレンジした、あまり例のないケースだと思います。
これからは指導者として若い選手を育てることになると思いますが、憧れていた慶彦さんのような【ナンボ練習しても壊れない強い選手】を育てて下さい。

おつかれさまでした

引退試合・セレモニーの様子(カープ公式サイト)を追記しました~
ミスターツーベースの立浪の最後がツーベースなら、盗塁王を3度取ったかつての俊足・緒方の最後はスリーベース。

☆コメント抜粋☆
常に全力で、試合が終わればユニフォームが真っ黒に。そんな選手でありたいと最後の最後まで思っていました。
気が付けばそのユニフォームが汚れなくなり、そして走ることも守ることも自分の思うようなプレーが出来なくなったと感じ、引退を決意しました。

走ることも守ることも~立浪も同じようなことを言ってたなーと思いました

すべてにおいて1軍選手の並以上でなければプロとしての資格無し
そういう、高い意識があったのでしょうね

長い間おつかれさまでした
指導者として頑張って下さい
憧れだった慶彦さんのような、ナンボ練習しても壊れない強い選手を育てて下さい

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おつかれさま、ドラゴンズ・立浪和義内野手

ドラゴンズの内野手として現役22年
現役最多安打(歴代7位)、プロ野球通算最多2塁打の記録を持つ立浪外野手が、正式に引退を表明し、本日(9/30)のジャイアンツ戦終了後にセレモニーが行われました

「最高の野球人生を送れた」立浪引退セレモニー

立浪選手と落合監督の挨拶

タイガースの暗黒時代が始まった87年、PL学園は春夏連続優勝します
投手は橋本・野村・岩崎の3本柱
主力打者は立浪・片岡・長谷川・深瀬
センバツでは関東一、選手権では常総学院を降しての優勝でした
この年の選手権は左うちわでしたな、軸は鉄板でベスト4に3校残ってhappy01
今では珍しくなくなった、先発タイプ投手を3名揃えるチーム編成
記憶にある限りでは、私の学年の前橋工業が最初だと思いますが、優勝したのはこの年のPLが最初ではないでしょうか?

同学年では野村(ホエールズ)・橋本(ジャイアンツ)・立浪が高卒即プロ入り、片岡は同志社大学を経てファイターズに入団します。
立浪選手は、当初ホークスが一本釣りと言われていました。そこへ割り込んだのがドラゴンズ。抽選の結果、立浪選手はドラゴンズへ。外したホークスは本田技研熊本の吉田豊彦投手を指名・獲得します。
ちなみにこの年のホークス、吉田・若井・柳田・大道・吉永・村田と獲得。【全員1軍戦力】の大当たり年でした。

他の主な指名入団選手は
タイガース=野田・山田勝彦、バファローズ=高柳、ホエールズ=盛田・野村・岡本透、オリオンズ=伊良部・堀・大村、スワローズ=長嶋・鈴木平・中西・城、カープ=石貫、ファイターズ=武田・芝草、ドラゴンズ=上原・音、ブレーブス=伊藤敦規・伊藤隆偉、ジャイアンツ=橋本・後藤、ライオンズ=鈴木健 といった選手です。
高校生が大当たりの年度でした。

翌年、開幕戦にスタメン出場(高卒野手のスタメンは王さん以来)して110試合に出場。打率.224ながら、ゴールデングラブ賞を獲得し、新人王(セリーグでは初の高卒野手?)にも選ばれます。

その後、堅実かつ力強い打撃で打率3割を7度記録し、攻走守揃った内野手として活躍したのはご存知の通り。ここ4年ほどはレギュラーを外れていますが、勝負強い打撃で代打の切り札として活躍していました。
昨シーズン末に、『来年で引退』と宣言していましたが、正式に引退を表明し、本日が引退セレモニーとなりました。

プロ初安打がツーベースだった立浪選手は、3年ぶりスタメン出場の今日も3安打。その最後の安打もツーベース。
これはプロ通算487本目となり、自らの日本記録を更新しました。

立浪選手の通算成績
歴代通算二塁打記録

引退後の進路は未定との事ですが、今後もドラゴンズのみならず、野球界の発展のために頑張ってもらいたいと思います。

立浪、おつかれさま!

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