私鉄沿線~南海本線【二色浜】

お盆も終わり、多くの方は明日から社会復帰ですねthink
夏と言えば【海】ですが、都会では遊泳可能な海岸がほとんどありません。大阪府も、今でこそ4か所位海水浴場があるようですが、子供の頃は1ケ所しかなかったように記憶しています。
その【1ケ所】が二色浜です。

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難波から南海本線の急行で貝塚、そこで普通に乗り換えて1つ目の駅が二色浜です。ここ、私の住まいから近く、歩いて1時間もかからない場所にあります。ま、歩いて行く人は少ないと思いますがcoldsweats01

で、海水浴場の最寄り駅と言うと、須磨や片瀬江の島を連想するのですが…
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リゾートテイスト【ゼロ】think

まあ、気を取り直して海へ向かいましょうscissors
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最初に渡る幹線道路の交差点は、府道堺阪南線(原住民は旧26号⇒旧26と呼びます)。大阪市内に住んでおられる方は『岸和田越えたら地の果てtyphoon』みたいに考えているようですが、岸和田は大阪と和歌山の中間まで至ってません。貝塚で中間位です。

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大阪臨海線の臨海二色の浜交差点で海岸方向に曲がると、もう海辺です。お盆の午後ですが、駐車場は余裕がありました。

海水浴場は二色の浜公園の中にあります。

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この辺りまで歩いてきて、ようやく【海水浴場】っぽくなってきましたcoldsweats01

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ビーチの雰囲気はこんな感じです。

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水は…胸を張って『キレイです』とは言えません、正直な話。とりあえず、保険所の検査はクリアしています。

ただ、水と親しむという位のスタンスで出かけるのであれば、大阪や堺からも近くて良いと思います。公園内ですので、トイレと自販機は年中ありますから、海水浴シーズンが終わってからノンビリ訪れてもよいのでは。

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そろそろ夏も終わりですね

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私鉄沿線~阪急箕面線・桜井

好調が長続きしない&守備がいつまでたってもお粗末で投手の足を引っ張る桜井に【カツ】というワケでなくhappy01、たまたま仕事で訪れただけです。

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金属板式の行先表示も珍しくなりましたね。

私の卒業した大阪大学(大ウソ)の最寄り駅である阪急宝塚線の石橋駅から分岐して、紅葉で有名な箕面へ向かう途中、1つ目の駅が桜井です。駅周辺の半町・瀬川・桜ヶ丘といったあたりは、閑静な住宅地として、マイホーム購入者には人気の高いエリアです。

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外観は特徴の無い郊外の私鉄駅です。

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駅前の景色。どことなく【昭和】ですね。

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5月に合併して出来た池田泉州銀行の箕面支店があります。この銀行、地銀同士の合併で存続銀行は池田銀行ですが、地銀の中でも極端に地盤カラーの違う銀行がくっつきましたね。私らは旧泉州銀行の地元なのですが、『ホンマかいな?』って気分です。池田側からしたら、『何であんなガラ悪いトコと…』って気持ちは口に出さずとも大なり小なり思っているでしょうね。

もっとも、三井と住友(銀行・損保)がくっつく事に比べたら大した事ないかもしれませんが。

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駅の北側の住宅街です。結構立派なお屋敷などもあったりします。小学校低学年レベルの字なのに正確に読めない地名は【半町=はんじょ】です。

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駅から5分ほど歩くと、小さな橋があります。その名は【紅葉橋】。
橋の上から見た箕面川の様子です。
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静かで閑静なたたずまいの桜井駅北側、マイホーム購入者に人気があるのもわかるような気がします。


余談ですが…
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これは、宝塚線と箕面線の乗換駅である石橋駅です。
阪急電鉄が開業して、今年で100周年になります。
最初に開通した区間が、梅田~宝塚間と、今回取り上げた桜井駅のある石橋~箕面間です。

ありがとう1世紀
出来ることなら、球団にもそう言ってもらいたかったですね…

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私鉄沿線~北大阪急行【千里中央】

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地下鉄御堂筋線と乗り入れする北大阪急行の終着駅・千里中央。1970年の大阪万博を機に御堂筋線が新大阪から江坂まで延伸し、江坂から先は大阪府・阪急電鉄が出資する第三セクター方式の【北大阪急行】として開通しました。
大阪万博終了後、万博中央口までの路線は廃止され、千里中央駅は今の場所に移転して今日に至ります。

寒さも少し収まった2月7日、仕事で訪れた帰りにブラブラと歩いてみました。

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駅周辺には阪急百貨店・千里大丸プラザ・せんちゅうパル・セルシーといった大規模商業施設が立ち並び、千里ニュータウンのみならず、周辺からも多くの人が訪れます。

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そして、これらの商業施設を訪れる方のための駐車場ビルもあります。

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また、昨年春(だったと思います)にはヤマダ電機もオープンし、多くの買物客が集まるようになりました。

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また、千里中央は自動車交通においても要所であり、新御堂筋と大阪中央環状線が交差する場所でもあります。

梅田・新大阪・難波・大阪空港まで全て乗り換え不要、交通の便がよい千里中央駅周辺は、大規模マンション新築ラッシュ。
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こんなのが出来たかと思えば…

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こんなのも出来ていまして…

この数年でマンションが増えました。

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駅の西側、新御堂筋の上を渡り10分少々歩くと、こんな景色が広がります。
閑静な住宅街は山の手ムードたっぷり、こんな所に住んでみたいですね。
競馬…やなくてcoldsweats01、仕事頑張ろっとrock


ところで…

【千里中央】は、元々は千里ニュータウンという大規模団地の中心地として設置された駅なんです。
が、今回の取材(大げさ)において、【団地】がまったく出てきませんでした。事務所に戻って仕事をやらなアカンので、少々急ぎ足であったにせよ、【団地】というキーワードがまったく出てきませんでした。【団地】の存在感が薄れてきているのは否めません。各地でゴーストタウン化した古い団地の問題も出てきています。
私も、人口4万人の団地で少年時代を過ごしたというのに。

何かキッカケがあれば、この問題にも触れてみたいと思います。
いつになるかは???ですが。

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私鉄沿線~南海本線【岸和田】

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南海本線の特急停車駅であり、泉州(大阪府南西部)南部の中核都市・岸和田市。泉州に土地勘のない方にとって、『岸和田まで来るともうすぐ和歌山』と思っている方は多いと思います。いえいえ、まだ大阪~和歌山の半分もきていません。仙台は東京⇔青森の中間より手前なのと同じような理屈ですな(違うか?)。
その岸和田、車で毎日通過しているのに、街の中をゆっくりと歩いた記憶がありません。

正月に小学校の同級生と岸和田市内で会いまして、その時に『あ、こんなに落ち着いた街やったんや』と気が付いた次第です。
完全オフの日曜日、岸和田を訪れました。

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西側(=海側)から見た岸和田駅と、駅前商店街の入り口です。商店街は他の駅前商店街同様、苦戦している様子が見られます。空き家も数多く見られました。

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北西⇔南東に細長い岸和田市、山間部へ向かうバスおよびタクシー乗り場は東側(山側)にあります。

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商店街のアーケードを抜けると、府道・堺阪南線に出ます。原住民は『旧26号』『旧26(きゅうにーろく)』と呼んでおり、金融関係の岸和田支店はここに集中しています。

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旧26号を少し南に進んだ本町付近です。子供の頃は大阪と和歌山を結ぶ幹線道路でした。山側の新しい国道26号線(原住民は【第二阪和】と呼びます)が完成したのは、バックスクリーン3連発の頃でしたでしょうか?

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同じ本町付近ですが、こちらは江戸時代の幹線道路・紀州街道です。

その本町から南南東方向を見ると、岸和田城があります。
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南北朝時代の武将・楠木正成の一族であった和田氏がこの地に城を構えた(現在の場所とは異なる)事から、【岸】という地名だったこの地が【岸の和田⇒岸和田】となったというのが通説です。
1640年に岡部氏の居城となって、大政奉還を迎えます。
江戸時代の城は1871年(明治4年)に廃藩置県によって廃城となり、取り壊されます。現在の城は1954年に再建されたものです。

岸和田市ホームページの解説

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再建された天守閣。

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岸和田城のすぐ東側にある、府立岸和田高校。1897年創立、旧第9学区トップレベルの進学校です。以前に紹介した奈良県立郡山高校と同様、城のすぐとなりにある高校というのは長い伝統を感じます。ファッションデザイナーのコシノヒロコ・コシノジュンコが卒業生です。
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城のすぐ後ろにある建物が岸和田高校です。

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現在は少し山側にある府立和泉高校が大阪府下4番目の高等女学校・泉南高等女学校として1901年に開校したのも、この地だったようです。

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だんじりで有名な岸城神社。9月のだんじり祭りには、多くの人が訪れ、岸和田の街が熱くなります。

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城の北側の町並み。落ち着いた雰囲気がいいですね。

こんな身近な場所にこんな落ち着いた町並みがあるとは知りませんでした。たまには歩いてみないとダメですね。

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私鉄沿線~南海高野線【汐見橋】

浪速区にある【汐見橋】という地名は、駅としてよりも交差点・阪神高速堺線のランプとして、大阪市内を仕事で走る方であれば知らない方はまずいないでしょう。しかし、この交差点を何度となく通過しながら、駅の存在に気づかない方って多いと思います。

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この交差点に南海高野線の始発駅・汐見橋駅があります。もっとも、堺東・河内長野・橋本・極楽橋へと続く高野線の電車はすべて南海本線の難波駅から発車します。岸里玉出~汐見橋間は盲腸線のような形で存在しています。
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駅舎はこのような感じです。左側に阪神の桜川駅が隣接していますが、『関係ないよ』という空気が漂っています。

駅の中はこのような雰囲気です。
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高い天井は、かつて始発駅だったプライドを漂わせます。右手前には窓口の名残もあります。
前身の高野鉄道によって、今の高野線堺東から路線が延長されたのは1900年(明治33年)。子供の頃は堺東から汐見橋まで走る電車があったのを覚えています。1985年に岸里玉出駅を境に南北が分断され、直通電車が運行される事はなくなりました。

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券売機と自動改札のある、ごく普通の駅ですが、なにかローカルっぽさが漂います。

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プラットホームはこんな感じです。電車は2両編成のワンマンカーです。

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子供の頃の写真か?と思うような景色ですが、平成21年11月ですhappy01

改札の上にすすけた案内板がありました。
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『和歌山は東和歌山かー、小学校低学年の頃からそのまんまやねんな』と思いつつ視線を動かすと…
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『淡路島に鉄道が走ってるっていつやねん?』と驚きeye
(後で調べたら、1966年に廃止されたそうです)

驚きはこれだけで済まず

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『浜寺に海水浴場…親の昔話の世界やんけsign03
(浜寺エリアの海水浴場が閉鎖されたのは、私が生まれた1961年です)


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間違える人がいるのか、ツッコミの相手をするのが面倒だからなのかcoldsweats01、こんな表示がありました

難波から地下鉄1駅、散歩がてらに歩いて行けるような地に残る昭和の名残・汐見橋駅。
いつまで残るか???ですので、訪ねようと考えておられる方はお早めに。

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私鉄沿線~近鉄奈良線【学園前】

大阪と奈良を最短距離で結ぶ近鉄奈良線
奈良市東部の丘陵地帯に学園前駅はあります
金曜日(8/28)に仕事で訪れました
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北側から見た駅ビルです。1階が駅とテナント、2・3階はテナントになっています

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駅の北側は奈良交通のバスターミナルと複合テナントビル。駅周辺に都市銀行はすべて揃っています。

では、『何で学園前やねん?』というと、これ
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帝塚山学園です
【帝塚山】というと、大阪市住吉区の高級住宅地にある学校を想像しますが、こちらは帝塚山学院。その帝塚山学院が1941年に『男子のための学校を』ということで設立したのが帝塚山学園(旧制中学)です。
参考:帝塚山学園のあゆみ
高校は、奈良県を代表する進学校でもあります

また、学園前駅周辺は奈良…というより関西を代表する高級住宅地。立派な家が並んでいます。
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こういう山の手の高級住宅地を歩くと、『年取って車の運転出来んようになったらどないするんやろ』と、いつも思うのですが、それは庶民的B級思考回路coldsweats01 おそらく、土地を処分して追い金して、高級老人ホームにでも引っ越すんでしょうねhappy01


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私鉄沿線~【阪神打出】

京阪神に住む方に、どこに住みたいか?と質問すると、【阪神間】という答えが多く返ってきます。その中でも特に人気のあるのが【西宮・芦屋・東灘区】。
西宮から芦屋市内へ入ったところの小さな駅で下車しました。

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梅田から阪神電車に乗り、甲子園球場を過ぎて西宮。ここで特急から普通に乗り換えて2つ目が打出駅です。

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打出駅は基本的に普通しか停まらない小さな駅です。駅の南側に小さな商店街があります。
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そこを抜けると国道43号線・阪神高速神戸線です。
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高速道路をくぐってスグ南側は元々の海岸線だったと思うのですが、現在は南側が埋め立てられ、住宅街となっています。そうなると、何となく放置自転車で埋もれそうな気がするのですが(南海・近鉄沿線住民的感覚coldsweats01)、それらしいものはほとんど見かけませんでした。どこかに、大規模な無料駐輪場があるのか、それとも常識があるのか。

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駅の北側、国道2号線との間は閑静な住宅街。こういう、何も無い住宅街をデートするのもいいかなーと思いました。

神戸と大阪の中間、甲子園も阪神競馬場も近く、環境は抜群です。
ただ、買物は不便な気がします。シーサイドタウンかJR芦屋まで行かないとスーパーは無いような雰囲気。車の運転が出来なくなったら辛い気がします。

自分に合っているのは阪神だったら姫島、出屋敷か尼崎だなhappy01

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私鉄沿線~阪急京都線・相川

毎日暑いですね
馬券はハズレ、タイガースは波に乗れない
ロクなことおまへん

が、そんな事ばっかし言うてられんのですな
【新規契約】と言われたら日曜日だろうが何だろうが、出かけていくのはB級営業マンの悲しい習性ですcoldsweats01

てなわけでやってきました、阪急京都線・相川


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♪梅田 十三 南方 崇禅寺 ~ ♪と京都線の普通車に乗って6つ目
大阪市の北東角のような場所にあるのが相川駅です
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近年の私鉄各社を見ていますと、【コーポレートアイデンティティーって言葉、知ってる?】と言いたくなる事が多々あるのですが(『いや、それよりも広告収入だ』という現状はわかりますが)、阪急電車ってガキの頃から頑なにマルーンですな
イベントとかで別のカラーリングしたりした事ってあるんですかね?

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鳴尾ほどではありませんが、相川もホームがカーブ上にあるので、車掌さんは気ぃ遣いそうですね

駅の東側です
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駅前はこんな感じでして、どこにでもある都会の外れの駅前風景です
♪改札口で 君の事 いつも待ったものでした~ ♪ というのは、こんな駅だったんだろうなーって思います

相川には2つの私学があります
大阪高校大阪成蹊学園(大学・女子高)です
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大阪高校は何人かのプロ野球選手を輩出しています。
一人は安井智規さん。近鉄バファローズが西本監督を迎えて強くなろうとする直前のレギュラー遊撃手。1288試合に出場して782安打200盗塁、広瀬淑功さんと福本豊さんの時代の狭間の68年に54盗塁を記録して盗塁王のタイトルを獲っています。
もう一人はホークスの正捕手だった松井淳捕手。ノムさん(イーグルス・野村克也監督)が『どの球団のテストを受けようか』と考えた際に、『レギュラー捕手が年食っていてスグに取って代われそうなのがホークス』と考え、南海ホークスのテストを受けるのですが、その時のレギュラー捕手が松井さんでした。ベストナインに選ばれたこともあります。

駅の西側は、少し歩くとこんな景色
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【安威川】が流れてるから【あいかわ】⇒【相川】…まさかなーhappy01
川の向こう側は吹田市です

梅田まで6駅と至近距離にありながら、昭和テイストの残る静かな町
住むに悪くない町です

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その後~藤井寺球場跡地

大阪府南東部の街・藤井寺
かつては近鉄バファローズの本拠地である藤井寺球場があった場所です
当ブログの名物コーナー・私鉄沿線で取り上げたのは、3年前の初秋

その藤井寺、先週の日曜日に仕事で訪れる機会がありました
スポンサーとの待ち合わせ時間より少し早く着きました。

考え付くことって、これしかないですよねhappy01
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土井正博さん、鈴木啓示さんに野茂英雄、3人の名球会プレーヤーをはじめ、大石さん(オリックス・バファローズ監督)、小川モーやん、ガッツマン平野さん、ヨッシャー佐々木恭介さん、有田さん、栗橋さん、コンニャク打法梨田さん(ファイターズ監督)、殴打事件羽田さん、阿波野に金村に故・鈴木貴久、ブライアントにオグリビー、数えたらキリがないくらい多くのドラマチックなファイターが汗と涙を流した場所です。
(およそ近鉄っぽくない関根潤三さん(投手と打者の両方でオールスターに選ばれた選手って関根さんだけじゃないかな?)も、全盛期は近鉄バファローズだったんです)

球場跡地は既報の通り、四天王寺学園の小学校・大学となります
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かつて選手が汗と涙を流したグランド
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現在はこのような感じです
建設中の建物はマンションのようですね


歓声と熱気と興奮が戻る事はもうないと思いますが…藤井寺球場よ、永遠に


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私鉄沿線・JR沿線【阪神西大阪線&JR大阪環状線/桜島線・西九条】

1ヵ月後に阪神なんば線の開業を控えた西九条駅
土曜日に下車する機会があったので、取材?してきました

JRのホームから見た開業予告
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監督のルックスって、こういう時には重宝しますよね。これが前任者だと【そらそうよ】というマヌケなキャッチコピーになってしまうので(それはそれで味があるのですが)

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東側(難波方向)に伸びる新線

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環状線の内側。新線が開業したら、ホームはこちらへ移動するようですね。
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停車位置の確認を行っているような雰囲気でした。

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現在のJR改札と阪神西大阪線連絡通路はこんな位置関係になっています。

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出口案内に見つけた【四貫島】の文字。オフクロが旧制中学だった1945年6月1日、太平洋戦争末期の当時は学校など行かずに工場へ動員されて働いていた時代です。四貫島にある工場へ行った際に大規模な空襲に遭い、夜中になっても帰ってこなかったので、家族は【諦めていた】そうです。オフクロは同級生と二人で手をつないで、東淀川区の自宅まで歩いて帰ったそうです。【四貫島】という地名を見ると、空襲の話を思い出します。

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駅前は一般的な都心の下町風景です。線路から1本中に入ると、普通の住宅街ですね。

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駅に張られていたポスター。

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この日の目的地は阪神の青木(=おうぎ、神戸市東灘区)。西大阪線で尼崎まで出て乗り換えます。こちらには近鉄の車両が試運転で乗り入れていました。西九条も尼崎も、写真を撮っている人が多かったですね。少し前だったら【鉄道ファン】と断定できたのですが、今はブログを書くために写真を撮っている人もいるんでしょうね。

で、西九条ですが
新線が開通したら、【甲子園球場】【京セラドーム】【難波場外馬券売場】【尼崎競艇】【○○新地】【○○新地】が、すべて乗り換えなしで行けるんですな。これを売り物にマンションを建てるデベロッパー…なんているわけないですよねhappy01

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