タイガース背番号物語【58】【59】【60】~最終回

【58】
酒井啓吾⇒松永満⇒河内孝⇒安岡正博⇒椎木孝彰⇒交告弘利⇒中村利一⇒山本晴三⇒中村典夫⇒山田和英⇒吉川弘幸⇒武内淳二⇒右田雅彦⇒矢野正之⇒寺前正雄⇒窪田淳⇒川俣ヒロアキ⇒早川健一郎⇒高橋勇丞
【59】
岡本良⇒野崎洋⇒樋口和生⇒奥田修⇒加納茂徳⇒牛山晃一⇒木立章成⇒中村良二⇒奥村武博⇒橋本武広⇒エバンス⇒田中聡⇒モレル⇒ダーウィン
【60】
梅本正之⇒後藤次男⇒藤本定義⇒西村一孔⇒川西俊雄⇒土井垣武⇒似鳥功⇒続木敏之⇒山口重幸⇒嶋田章弘⇒田中秀太⇒東辰弥⇒小宮山慎二

58・59とも、トレードでやってきたけど力を出せずに終わったという選手が多いですね。中村良二は天理高校が初優勝したときの主軸打者(決勝を戦った松山商業には水口と佐野がいました)。バファローズで期待されながら力を出せずにタイガースへやってきましたが、1年で退団します。

橋本は身長167センチの小柄な投手。プリンスからホークスへ入団した時は先発したりもしていましたが、開花するのはライオンズへ移籍してから。セットアッパーとして左の橋本・右のデニーと毎年50試合以上投げ続けました。98年にはライオンズで胴上げ投手にもなっています。また、積み重ねた連続試合救援登板526は日本記録です。

☆橋本武広:560試合登板/0完投/92交代完了/13試合当初/12勝22敗/20セーブ/30セーブポイント/勝.353/投球回数482.2/374与死球/199奪三振/防御率3.71/最多ホールド(1997:パ:25)

連載を続けてまいりました【タイガース背番号物語】、キリのいい60番の今回をもちまして終了させていただきます。ご覧頂きました方、コメントを下さった方、ありがとうございました。
少し休憩して、次の連載(内容はほぼ決まってます)を始める予定ですので、よろしくお願いします。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【55】【56】【57】

【55】
西五十六⇒中山重夫⇒滝道章⇒塚本博睦⇒村上俊義⇒椎木孝彰⇒嵯峨山幹雄⇒後藤次男⇒野上俊夫⇒尾藤龍哉⇒高木昇⇒清家政和⇒田村浩一⇒真鍋勝己⇒立花義家⇒米村和樹⇒大豊泰昭⇒中込伸⇒吉本亮⇒喜田剛
【56】
山池馨⇒蘭定美男⇒西岡修司⇒ソロムコ⇒中島広喜⇒川崎徳治⇒林義一⇒楠橋高幸⇒山本重政⇒上辻修⇒林真人⇒飯田正男⇒御子柴進⇒橋本大祐⇒藤本敦士⇒原田健二⇒田村領平
【57】
浅越桂一⇒西能勇夫⇒太田紘一⇒長幡忠夫⇒鈴村充男⇒野崎洋⇒山下皓⇒小鶴誠⇒畑口健二⇒マックファーデン⇒坂口慶三郎⇒中沢泰司⇒井沢武則⇒真鍋勝己⇒宮崎則昭⇒工藤慎明⇒ディアー⇒中谷忠己⇒広沢好輝⇒山岡洋之⇒岡本浩二⇒細見和史⇒大橋雅法

ここまでくると、まだ出ていないレギュラークラスはいないだろう…と思ったら、結構いてるではありませんか
まず清家さん。柳川商業で久保コーチの1学年後輩。タイガースには5年間在籍して6本のヒットを打っただけでライオンズへ移籍。黄金時代に入るライオンズでも出番は限られますが、大仕事をやっています。87年11月1日、ニッポーテイオーがぶっちぎりで秋天を制したその日、西武球場で行われた日本シリーズ第6戦に先発出場した清家さん。クロマティーの緩慢返球で有名なこのゲームでプロ入り初ホームランという大仕事をやっています。清家さんは90年までライオンズ、91年からはスワローズで2年間、15年間地道に現役を続けられました。

大豊は関川・久慈とのトレードで矢野とともにドラゴンズから移籍してきます。が、全盛期の威力はありませんでしたね。そして、どちらかといえば格下的な存在だった矢野がタイガースにとって欠かせない選手になるのですから、トレードとはわからないものです。

56番では御子柴。細身のアンダーハンド投手は先発にリリーフに地味な存在ながら活躍します。もう少し力強さがあれば、もっと成績を残せたでしょうか。

☆清家政和:228試合/406打数90安打/1本塁打/36打点/27四球/72三振/打率.222

☆大豊泰昭:1324試合/4097打数/1089安打/200二塁打/8三塁打/277本塁打/722打点/26犠飛/522四球/1057三振/打率.266/本塁打王(1994:38)/打点王(1994:107),ベストナイン(1994:セ一)

☆御子柴進:251試合登板/2完投/1完封勝利/18勝26敗/2セーブ/10セーブポイント/勝率.409/投球回数527/250奪三振/防御率3.30

| | Comments (4) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【52】【53】【54】

【52】
池田芳巳→河原主尚→和田功→三宅博→松尾勝彦→池田純一→三宅培司(秀史・伸和)→中村利一→才田修→松永美隆→新井良夫→大串尚弘→沢幡誠士→嶋尾康史→石井宏→古里泰隆→遠山昭治→柴田佳主也→竹下慎太郎→赤松真人
【53】
石川要→柏木裕→藤本克巳→板垣一彦→滝川博己→杉本郁久雄→谷本稔→奥田修→勝亦治→江島聖一→中谷賢平→吉竹春樹→斉藤直哉→近田豊年→中川申也→清水義之→畑山俊二→上田好剛→ミラー→赤星憲広
【54】
鴨田肇→伊藤光四朗→大黒正一→宇都宗夫→溝口憲夫→山田伝→畑口健二→小川清一→松下立美→松下竜三→前田耕司→多岐篤司→平塚克洋→山岡洋之→ウイリアムス

やっと赤星までたどり着きました

大きな背番号を背負うというのは、さほど期待されていないという事が多いのですが、池田さん、吉竹さん、そして赤星。この背番号からレギュラーに成長した選手もいます。
かと思えば、両手投げの近田…結局出番は無かったなー

平塚さんはブルーウェーブからの移籍。暗黒時代に主軸を打つこともありました。タイガースが苦しかった事の表れでしょう。

赤星、暑い夏は大変だろうけど、君無しでVは考えられん。頼むぞ!

☆平塚克洋:588試合/1675打数 440安打/76二塁打/43本塁打/201打点/2盗塁/11犠飛/打率.263

| | Comments (0) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【50】【51】

【50】
山中政博⇒松沢勉⇒梶岡忠義⇒伊藤舜二⇒樋口和生⇒酒井貢⇒真鍋幹三⇒但田裕介⇒玉城正富⇒高木隆司⇒枝川正典⇒浜田知明⇒麦倉洋一⇒古溝克之⇒清原雄一⇒カツノリ⇒ホッジス⇒町田公二郎
【51】
金原鉄夫⇒石川良照⇒水上静哉⇒中島広喜⇒石川良照⇒鏑木悦純⇒辻邦夫⇒久保征弘⇒古沢憲司⇒竹田和史⇒佐藤文男⇒浜岡浩幸⇒高橋昌也⇒高村洋介⇒井上貴朗⇒桜井広大

もうコメントする選手はおらんやろうなー…と思ったけどいますね
と言うか、自分でも初めて気付きました
石川良照さん
OBに石川と言う名前の投手が二人いて、一人はドラゴンズからの移籍でそこそこに活躍した石川緑さん…という程度しかしらなかったのですが…
1955年から1963まで在籍し、2ケタ勝利を記録したこともある石川良照さん、何と、わが町・堺のご出身
堺工業と記載されていますが、府立かなー?市立かなー?
堺市出身で記録を残したタイガースの選手は藤井栄治さんだけかと思ったら、昭和30年代に投げていた投手がいたのですね

現役では町田公二郎
セリーグ代打本塁打記録保持者(20本、大島さんと並んでプロ野球歴代2位。1位はもちろんブレーブス・高井さん、27本)
八木の引退で手薄になった右の代打と期待されカープから移籍も昨年は6安打・本塁打ゼロ。しかし、鳴尾浜でベテランは毎日のようにフリーバッティングを欠かさなかった。真夏の暑い日も、必ず打ち込みは続けた(昨年の二軍監督・木戸さんがラジオで言うてました)。今年もファームからのスタート。自分より一回り若い選手と混じっての練習。ともすれば腐ってしまう事だってあるだろう。でも、町田は昨年と同じように打ち込んだ。ファームの試合で代打満塁サヨナラホームランを打って一軍昇格。7月14日のドラゴンズ戦で放った代打本塁打は大島康徳さん(ドラゴンズ⇒ファイターズ)と並ぶ、通算代打本塁打記録2位タイとなる20発目の代打本塁打でした。
思えば昨年の9月7日、Vロード起爆剤に点火する本塁打を放った中村豊も、前年度ノーヒットの崖っぷち選手。苦しい夏、蒸し暑い瀬戸内・市民球場で鍛えた町田の必死に期待したい

桜井、守備はどないや?
これ以上同級生に引き離されるなよ、わかってるか?

☆石川良照:213試合登板/18完投/7完封勝利/32勝35敗/勝率.478/投球回数728.1/362奪三振/防御率2.83

| | Comments (2) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【48】【49】

【48】
岡田功⇒松岡一雄⇒滝英男⇒三原一夫⇒前岡謹也⇒久代義明⇒椎木孝彰⇒原秀樹⇒奥田敏輝⇒岩佐基治⇒中原勇⇒青木重市⇒佐藤文男⇒仲田幸司⇒中谷忠己⇒久保康生⇒片瀬清利⇒橋上秀樹⇒成本年秀⇒石毛博史⇒相木崇
【49】
小川仁久⇒小山正明⇒東郷幸⇒山田譲治⇒河内孝志⇒本田広司⇒嵯峨山幹雄⇒大原和男⇒表浩太郎⇒土谷賢一⇒豊原経久⇒赤松一朗⇒服部裕昭⇒酒井光次郎⇒リベラ⇒ハンセル⇒伊達昌司⇒新井智⇒若竹竜士

48はマイクが入団時につけていた背番号で、出世番号かと思いきや、最近は移籍してきた投手の固定番号となっているようですね。
中谷外野手と久保さん(現・投手コーチ)とのトレードは88年開幕後。このあたりからタイガースの安直トレード策に拍車がかかってきます。タイガースではほとんど出番無くノーヒットだった中谷ですが、移籍したバファローズに溶け込めたのと仰木監督に打力を評価されて出番が増え、左の代打の切り札兼外野手4~6番手(新井さんと鈴木貴久は固定、右投手なら中谷、左投手なら中根か村上)という所まで行きました。ただ、守備力で中根に及ばなかったのと、ケガがあったりでブルーウェーブへ移籍するも1年で自由契約になりタイガースへテストで再入団しましたが、バファローズ時代の輝きは戻りませんでした。ミナミの外れで居酒屋を経営されていまして、何度かお店にも行きました。1年ほどご無沙汰なので、そろそろ行ってみようかな。
交換相手となった久保さんもタイガースで主に中継ぎとして活躍されましたが…防御率はもう一つです。今だったら絶対に一軍には残れません。

相木、ルーキーで連続完封した時のキレはもう戻らんのか?

リベラは98年のストッパーとして27セーブ(当時のタイガース最多…今もタイ記録?)を上げます。が、とんでもない欠点がありました。走者がいると威力半減(-_-メ ドラゴンズには完全に弄ばれていたような記憶があります。重い球を生かせなかったのは残念です。

☆中谷忠己:236試合/345打数97安打.281/5本塁打/50打点
☆久保康生:550試合登板/35完投/5完封勝利/71勝62敗/30セーブ/68セーブポイント/勝率.534/投球回数1422/847奪三振/防御率4.32
☆ベン・リベラ:73試合登板/3勝4敗/39セーブ/42セーブポイント/勝率.429/投球回数78.1/奪三振74/防御率1.84

| | Comments (2) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【45】【46】【47】

【45】
竹元勝雄⇒片山春男⇒村井博⇒佐藤敬典⇒槙尾達男⇒幡野和男⇒本間勝⇒中村広喜⇒川藤幸三⇒山田敏彦⇒樫出三郎⇒鈴木照雄⇒遠藤伸久⇒加倉一馬⇒ゲイル⇒福家雅明⇒パリッシュ⇒嶋田哲也⇒定詰雅彦⇒平下晃司⇒立川隆史⇒オクスプリング
【46】
西村修⇒岡田功⇒宮崎逸人⇒前田法昭⇒西能勇夫⇒織田光正⇒中井悦男⇒金本秀夫⇒上辻修⇒浜崎正人⇒大島忠一⇒川原新治⇒横谷総一⇒村上誠一⇒新井亮司⇒筒井壮⇒鶴直人
【47】
楠本一夫⇒大原博志⇒山口雄英⇒秋光新二⇒小山正明⇒牧勝彦⇒野崎洋⇒坂本義雄⇒吉良修一⇒青雲光夫⇒藤原仁⇒島尾康史⇒伊藤敦規⇒佐久本昌弘⇒吉野誠

このあたりまでくると、レギュラークラスはほとんどいないのですが…
85年、21年ぶりのVにゲイルは欠かせない選手でした。『こんな非力な投手陣で優勝したのは初めて』と言われた投手陣の軸はゲイル。13勝をあげて、ローテの柱として活躍しました。日本シリーズでも2勝を上げ、胴上げ投手にもなりました。

47番は小山さんの背番号ですが、【6】で紹介しましたので、ここでは割愛します。

島尾はケガが多く、思ったような実績を残せなかったのが残念です。東洋大姫路時代、ブルーウェーブからマリナーズで活躍した長谷川と同級生(どっちがエースでしたっけ?)。現在は役者として第二の人生を歩んでいます。

そして、近年タイガースの47番といえばやはり伊藤敦規。
福井工大を全国区に押し上げ、ロス五輪でも勝利投手に。ブレーブス時代はライオンズキラーとしてローテ投手として活躍するも、ベイスターズに移籍後はパッとせず自由契約。
テストで拾ってくれたタイガースに恩返ししたいと、腕も折れよと連投連投。毎年50試合前後を投げました。
忘れもしない97年ゴールデンウイークのカープ戦。リリーフで出てきて好投。解説の福本さん(ブレーブス時代の先輩・後輩)がピンチになると『アツ、頑張れ! あと一人や!』と応援していたのが忘れられません(解説者としては???ですが、福本さんのこういうトコって好きです)。その試合、出遅れた大物・グリーンウェルがタイムリーを打ってお立ち台に上がったのですが、ヒーローは間違いなく伊藤でした。
暗黒時代の末期に来る日も来る日も投げ続けた伊藤。出来る事なら500試合登板を達成させてあげたかったな。

毎日放送のレポーターを経て、現在はファームのコーチです。

☆リチャード・ゲイル:60試合登板/6完投/3完封勝利/18勝18敗/投球回数352.1/228奪三振/防御率4.42
☆伊藤敦規:483試合登板/24完投/5完封勝利/ 56勝 51敗/11セーブ/43セーブポイント/勝率.523/投球回数1025/579奪三振/防御率3.76

| | Comments (2) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【43】【44】

【43】
河野博⇒横山光次⇒井村典夫⇒清水希人⇒渡辺邦彦⇒西茂夫⇒伊藤光四郎⇒山本康夫⇒古沢憲司⇒杉本郁久雄⇒川本浩次⇒西村公一⇒中谷賢平⇒井上圭一⇒宮本尊義⇒藤本雄司⇒オルセン⇒宮内仁一⇒山沖之彦⇒林純次⇒松井達徳⇒上坂太一郎
【44】
丸山一男⇒青木修⇒三浦正造⇒村川幸男⇒大木利男⇒村上俊義⇒辻恭彦⇒豊村建泰⇒藤田訓弘⇒アルトマン⇒ブリーデン⇒スタントン⇒中山孝一⇒オルト⇒ジョンストン⇒バース⇒フィルダー⇒石井雅博⇒山下和輝⇒ハイアット⇒吉本亮⇒関本健太郎⇒藤原通

43番に目立った選手はいません。いや、山沖さんはブレーブス⇒ブルーウェーブと主戦投手として活躍されましたが、タイガースにFAでやってきてからは…言うまい(-_-; 高知県の中村高校が野球部員12名でセンバツ甲子園へやってきて、決勝まで進んだ時のエースです。決勝では惜しくも箕島高校に0-3で敗れますが、イレブンの池田に対して24の瞳・中村と呼ばれ、後世まで語り告がれることになります。

オリオンズでロペスとコンビを組んで長く活躍したアルトマン。第一次吉田内閣の新外国人として迎えられます。
さすがに全盛期のような活躍は出来ず、1年限りで退団しますが、打撃3部門の数字は歴代外国人選手ランキングで上位にランキングされる選手でした。小学生の頃、外国人選手と言われて真っ先に浮かぶのはカークランドとアルトマン&ロペスでした。

吉田監督は2年目に外国人選手2名を補強します。1人は40番のラインバック、もう1人がブリーデンです。ラインバックはメジャーでほとんど実績を残していないのに対し、ブリーデンはバリバリのメジャーリーガー。活躍も額面通りで、初年度40本、2年目37本のアーチをかけました。残念ながら、3年目の初旬に故障し、そのまま帰国⇒退団となってしまいました。
多くの外国人選手がタイガースにやってきましたが、初年度から二人そろっていきなり大活躍となると、この2名だけでしょうかね?(オマリー&パチョレックはすでに実績がありましたし)

バース、いまさら語るまでもない、85年Vの立役者。メジャーでは目立った成績を残せずにタイガースへ来たのが83年。初年度は『まあ、エエやん』という成績でしたが、日本の野球に合ったのか、本人も努力したのか、年々成績は上昇。それが85年、21年ぶりの優勝(私にとっては初優勝)となって実を結びます。外国人選手の大物打ちにありがちな【三振かホームランか】ではなく、【大きいのを打つけど確率も高い】打者でした。88年、子供さんの病気治療で帰国した際のトラブルから退団してしまうのですが、タイガースが日本に誇る外国人選手であることに変わりはありません。残念な退団の仕方でしたが、時々来日してテレビで笑顔を見せてくれるのが嬉しいです。

こうして見ると、吉田監督は攻撃型のチームを作ることを好むようですね(バースの来日は安藤監督の時ですが)。これは、投手に人を欠いて仕方なくそうしたのか、はたまた、投手力が抜群でも、打てなくてあと一歩の所で優勝できなかった現役時代から、『打たな勝たれへんで』と考えたのか?

藤原、永久欠番級の番号を背負っている事を忘れずに、今年こそ!

☆ジョージ・アルトマン:935試合/3183打数985安打/163二塁打/11三塁打/205本塁打/656打点//353四球( 64敬遠四球)360三振/打率.309/打点王(1968パ:100)/ベストナイン(1968:パ外/1970:パ外/1971:パ外)

☆ハル・ブリーデン:260試合/921打数231安打/79本塁打/194打点/111四球/176三振/打率.251

☆ランディー・バース:614試合/2208打数743安打/100二塁打/4三塁打/202本塁打/486打点/299四球/23死球/337三振/打率.337/首位打者(1985セ:.350/1986セ:.389<シーズン最高記録>)/本塁打王(1985セ:54/1986セ:47)/打点王(1985セ:134/1986セ:109)/最高出塁率(1985セ:.428/1986セ:.481)/MVP(1985:セ),ベストナイン(1985:セ一/1986:セ一/1987:セ一)

☆山沖之彦:327試合登板/72完投/11完封勝利/112勝101敗/24セーブ/38セーブポイント/勝率.526/投球回数1764/1051奪三振/防御率3.92/最多勝利(1987パ:19)/最優秀救援(1984パ:25)/最多奪三振(1983パ:143)

| | Comments (5) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【41】【42】

【41】
杣田登⇒高木睦雄⇒鎌田実⇒柿本実⇒鎌田実⇒渡辺博敏⇒渡辺純志⇒月山栄珠⇒吉川弘幸⇒西川佳明⇒渡辺伸彦⇒大門和彦⇒川尻哲郎⇒江坂政明⇒部坂俊之⇒伊良部秀輝⇒スペンサー
【42】
冷水美夫⇒赤松瞭⇒西岡修司⇒鏑木悦純⇒ヒルトン⇒ボウクレア⇒山口重幸⇒ヴィッグス⇒パチョレック⇒麦倉洋一⇒吉田浩⇒ウィルソン⇒ジョンソン⇒タラスコ⇒クルーズ⇒ハンセル⇒下柳剛

タイガースが誇る名セカンド・鎌田さんって、こんな大きな背番号だったのですね。右から鎌田-吉田-三宅の内野陣は守備を見るためにゼニを払っても惜しくないというくらいの鉄壁だったと聞きます。昭和30年代から40年代のタイガースが常に上位に位置していたのは、小山さん・村山さん・江夏さんに代表される投手陣に鉄壁の守りがあったから。これは今のタイガースに通じるところがあるかもしれません。と考えると、圧倒的猛打で優勝してしまった85年Vは方向性を見誤って暗黒時代に転落する前の、一種のバブルだったのでは? と思ったりもします。
慶大進学の予定だった鎌田さんはドラゴンズのスカウトに説得されてドラゴンズ入団と思いきや、そのスカウトがタイガースへ移籍することになり、鎌田さんもタイガースへ入団することになったそうです。昭和30年代からゴールデングラブ賞があったら、セカンドの常連だったことでしょう。

03年Vに貢献した伊良部がプロ生活をスタートしたのはオリオンズ。メジャーへ移籍し、ヤンキース・エクスポズ・レンジャースと渡ってタイガースへやってきました。以前のストレート一本勝負からコントロールよく球を操る投手に大変身。03年は右のエース格でした。日本シリーズでは2度対戦した投手が絶好調の杉内で打線が沈黙。伊良部もホークスの小技に翻弄されて2試合とも敗戦投手に。大ブレーキのように言われてしまったのは残念。
ぶっきらぼうで言葉数も少なく、誤解されることが多いようですが、現在のレギュラー投手の中には伊良部のアドバイスで一皮むけた投手も多いとか。
また、若い頃は力任せに投げたら相手が勝手に三振していたというイメージですが、野球理論を語らせたら、ロッテの先輩だった牛島もビックリするほどの理論家だとか。
謎の多い伊良部、何らかの形で球界に戻ってくる日は来るのでしょうか?

42番は【死に】と嫌われ、外国人選手がつけるケースが多く見られます。あんまりパッとせーへんなー…と思ったらパチョレック。
92年V争いで中軸打者として活躍したパチョレック。今のファースト・シーツと同じように、とっても真摯に野球に取り組む姿勢はホエールズ時代から好感が持てました。前年まで4年連続3割をクリアした選手がタイガースへ来てくれたのは…やっぱりお金の問題?
貧打だったタイガース打線をオマリーと二人で支えてくれた、忘れられない選手です。大物打ちではないけれども、チャンスにキッチリと外野手の間を抜ける打球を飛ばす、頼りになる選手でした。

☆鎌田実:1482試合/4451打数1041安打/133二塁打/33三塁打/24本塁打/264打点/84盗塁/109犠打/153四球/360三振/打率.234

☆J.パチョレック:698試合/2676打数/842安打/169二塁打/10三塁打/86本塁打/431打点/28犠飛/192四球/318三振/打率.315/首位打者(1990:セ.326),ベストナイン(1988:セ外/1990:セ外/1992:セ一)/ゴールデングラブ(1992:セ一)

☆伊良部秀輝:399試合登板/106勝104敗27セーブ/投球回数1800.1/1687奪三振/防御率4.01(日米通算記録)/最優秀防御率(1995パ/1996パ)最多勝(1994パ)/最多奪三振(1994パ/1995パ/1996パ)/ベストナイン(1994パ投/1995パ投)

| | Comments (2) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【40】

仲忠雄⇒内司正弘⇒並木輝男⇒朝井茂治⇒村上俊義⇒土橋修⇒桑野議⇒テーラー⇒ラインバック⇒デード⇒ゴンザレス⇒アレン⇒岩切英司⇒ウイン⇒鮎川義文⇒マクドナルド⇒有倉雅史⇒塩谷和彦⇒斉藤秀光⇒桟原将司

レギュラーナンバーからはどんどん遠ざかりますが、忘れられない選手がいますね
来日した際の評価は低く、ほとんど期待薄だったのが、【タイガース 心に残る外国人選手ランキング】で必ず5位以内に入ってくるまでにのし上がった選手…マイク・ラインバック
同時に来日したブリーデンがバリバリのメジャーリーガーで大物打ちだったのに対し、ラインバックはメジャー実績は皆無に等しい選手
が、ひたむきなハッスルプレーと勝負強い打撃で5年間在籍しました。初登板の江川さんから逆転ホームランを打ったのもラインバック。
ただ、ひたむきなハッスルプレーは、打球に対する第一歩が遅く、なんでもない外野フライをスライディングキャッチで捕球していたと。子供にはわからなかった^_^;
3番・5番を主に打ち、オールスターゲームにも2度選ばれ、ベストナインも受賞しています。
残念ながら、帰国後の89年に交通事故で帰らぬ人となりました。

オマリーと一緒に来日したウィン。目立った成績を残せぬまま1年で帰国となるのですが、忘れられないゲームが1つ。91年7月7日ジャイアンツ戦。
アッサリ沈んだ猪俣をリリーフしたマイクと桑田の行き詰る投手戦は3回以降両チーム無得点のまま延長戦。すでに中継も終わってしまった延長12回表に飛び出した決勝ソロホームラン。その裏はマイクがキッチリ抑えて3-2の勝利。タイガースはブッちぎりで最下位に沈みますが、このゲームだけは何故か覚えています。

タイガースでは開花せずにブルーウェーブへ移籍、オールスターゲームにも選ばれた塩谷。今年から韓国球界へ働き場所を移しました。元気にやっているのだろうか?

桟原、緊急降板の藪をリリーフして投げたゲームの無心な気持ちを思い出そう!

☆マイク・ラインバック:565試合/2023打数598安打/97二塁打/94本塁打/324打点/28盗塁/231四球/313三振/打率.296/ベストナイン(1979:セ外)
☆マーベル・ウイン:123試合/453打数104安打/18二塁打/5三塁打/13本塁打/44打点/96三振/打率.230

| | Comments (3) | TrackBack (0)

タイガース背番号物語【38】【39】

【38】
三輪八郎⇒大島義雄⇒三宅秀史⇒西垣一⇒石田博三⇒横地由松⇒野田征稔⇒楠橋高幸⇒米田哲也⇒豊平晋一⇒ラム⇒山川猛⇒岩田徹⇒樋口一紀⇒与田剛士⇒弓長起浩⇒林威助

【39】
亀田敏夫⇒藤沢新六⇒上沼秀人⇒山本哲也⇒辰市邦輔⇒岩間章泰⇒入江淳⇒江田昌司⇒久代義明⇒吉良修一⇒バレンタイン⇒中村之保⇒松永美隆⇒町田公雄⇒若菜嘉晴⇒ストローター⇒八木茂⇒益山性旭⇒吉田康夫⇒グリーンウェル⇒矢野輝弘

ラムが入団した81年当時、確か1軍外国人選手枠は2名。ラムは育成選手みたいな形で入団して、上の外国人選手が不調だったら1軍というパターンだったと記憶しています。が、パンチ力がなく、一軍定着とはなりませんでした。

山川さんはライオンズから移籍してきました。ライオンズでは黒田-伊東の影で出場機会に恵まれず、83年にトレードでタイガースへ。若菜捕手がスキャンダルに消えた後、木戸さんが正捕手として確立するまでの間をつなぎました。東洋大姫路高校時代に出場した72年(54回)選手権では、掛布さんが2年生だった習志野高校と対決し、満塁ホームランを打ってチームを勝利に導いています。

若菜さんは78年の大トレードで竹之内さん・真弓さん・竹田さんと共にライオンズから移籍。当時としては珍しかった、長身・筋肉質の捕手らしくない体型で注目されました。強肩・巧打は初年度から全開で、打率3割を記録し、ゴールデングラブ賞も受賞しています。
が、スキャンダルで退団し海外へ。その後はホエールズ⇒ファイターズと移籍しています。引退後は指導者として活躍し、城島(ホークス⇒マリナーズ)を育てたことで有名です。真弓さんとは柳川商業でも同級生です。

そして矢野
今さら語る必要もないかもしれませんが、もしもドラゴンズとのトレードが無かったら?
今のタイガースは無かったかも
矢野の後継者育成が望まれます
浅井、『39番下さい』と胸を張って言える選手になれよ

☆若菜嘉晴:1387試合/3878打数1037安打/117二塁打/16三塁打/54本塁打/340打点/75犠打/21犠飛/225四球/16死球/399三振/打率.267/ゴールデングラブ(1979:セ捕)

| | Comments (2) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧