九州燃える~野球殿堂&幕内最多勝
大分県出身の関脇(元大関)千代大海関の引退という寂しいニュースもありましたが…
昨日(1/12)は九州が熱くなった1日ではないでしょうか?
(実際には寒波襲来で鹿児島や熊本の平野部でも降雪があったそうですが)
まずは大相撲
魁皇幕内808勝!単独1位…初場所3日目
千代大海関が最後に相撲を取った相手は、長く一緒に大関を務めた魁皇関。この日の1勝は、元横綱千代の富士関を抜いて、幕内通算最多勝となる808勝目でした。
魁皇関は福岡県直方市出身。ここ数年は大関の座を維持する事に必死の日々ですが、ファンは多いですね。
福岡県は県民栄誉賞の贈呈を決定したそうです。
続いて野球
熊本県出身の故江藤慎一さんが野球殿堂入りされました。
江藤さんに関しては、過去記事を参照下さい。
野球を見始めた頃はドラゴンズの選手だったのですが、全く記憶にありません。オリオンズで首位打者を獲得され、晩年はライオンズにおられた事は何となく覚えています。
経歴を見ていると、アマチュア時代から行く先々に個性的な選手がいてますが、もしかしたら江藤さんが一番個性的だったのかもしれませんね。
ライオンズのエースだった東尾修さんが野球殿堂入りされました。
東尾さんは和歌山県出身ですが、入団したのは福岡県に本拠地のあった西鉄ライオンズ(現在の埼玉西武ライオンズ)です。黒い霧事件で主力投手がごそっと退団し、『他に投げるやついてへんから』的状況で、打たれても打たれても登板機会が与えられ、その中で大エースとなっていったのはご存知の通り。
東尾さんは私の年代の高校野球界の雄・箕島高校(私の学年は石井毅&嶋田宗彦のバッテリーで春夏連続V)の出身。その箕島高校を長く指導されたのが尾藤監督なのですが、初めて甲子園に出場した時のエースが東尾さんでした(40回センバツ、苫小牧東・高知商・広陵を降してベスト4)。
もしも東尾さんがいなかったら、箕島にエエ選手が集まるのも遅れて、春夏連続Vや、死闘・延長18回(79年選手権、対星稜)の名場面もなかったかも…と、東尾さんの経歴をみて思いました。
東尾さん、『実はここ(野球体育博物館)に来たのは初めて。僕自身の反省も踏まえて若い人に伝統の重さを伝えていきたい』との事です。
最近、関西はあまりパッとしたニュースがないですね。
今年あたり、タイガースの優勝で![]()
みなさん、おめでとうございました。






















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